肩までつかって100秒
バスタイムを少女は求める。
それでも結びついてくれないイメージが、脳細胞をうねうねと這いよってくる。
「兵器の中でその、コーヒーなんかどうやって作るんだろ?」
まさか兵器の中に都合よく、コーヒーを淹れられる施設があるまいし。
「それは機内の給湯室を使用します。ものすごく狭苦しい給湯室ですが、お茶を淹れることもできますよ」
そのまさかであった。
「へ、へえ、そうなんだ」
予想だにしていなかった兵器の設備に、微妙な引きつりが口元に浮かぶ。
「御手洗いもありますよ、ものすごく狭苦しいですが」
「便利だね」
俺は素直に感心した、さすが多機能式と名乗るだけのことはある。たぶん意味は違うだろうけど。
「だけどひとつ由々しき問題があるのですよ」
ソルトが大げさに肩を下げる。
「残念なことにスペース上の問題で、入浴施設は造れなかったのです」
「それは無くても大丈夫じゃない?」
そこまで兵器に利便性を求めたら、もはやそれは兵器と呼べない気がする。
だがソルトは俺の意見を、鼻の穴を膨らませて突っぱねる。
「いえいえマイカさん、失礼ですが貴方の意見は正しいとは言えないでしょう。人が生きていくうえでお風呂は欠かせないものなんですよ」
「そうかなあ?僕は一週間入らなくても平気だけど」
ムクラが手を止めることなくこっそりぼそりと呟いたが、ソルトはそれを無視する。
「体を清潔に保てないこと、それは精神の死につながりますよ。ねえ、隊長」
ソルトが誰かに語りかけながら、体を溶かして別の場所へ移動する。俺は最初、彼女がだれに同意を求めたのか予想できなかった。
「働いても働かなくても、お風呂に入りたいですよね」
少女が霞む体で同意を求めたのは、相変わらず固い表情を作り続けているルドルフだった。
俺はソルトがルドルフに意見を求めたことを意外に思った。
それは彼自身にも同じことだったらしい。急に話題を向けられた若者は、一瞬反応に戸惑い喉の筋肉を硬直させた。だがすぐに体勢を立て直し。
「知るか」
と素っ気なくそっぽを向いた。毅然とした態度を無理に作ろうとして動転したのか、長いまつげが微かに震えているのが分かった。
「やれやれ、皆さん分かってくれませんね」
ソルトはあくまでも穏やかに、俺たちの不衛生な答えを諌めようとする。
「体が健康じゃないと、健全に任務を遂行できませんよ」
「僕も彼女の意見には半分賛成だな」
唐突に話題に入り込んできたのはウサミであった。
「流石に兵器に住み心地を追及するなんて、無粋なことはしないけれどね」
中年男性は含みのある笑みを浮かべた。
「でも今回は、もっと特別性を求めても良い気がするね」
これ以上普通でないことを求めて一体どうするのか?
心臓にボールペンみたいな嫌悪感が、ぶすりと刺さってきた。理由と原因はよくわからない。
日帰り温泉旅行に行きたい。