水分補給はこまめに適切に
少女の要求が少年を困惑させる。
慌てふためく青年の上から、少女がふわりと舞い降りてくる。
「ね、便利でしょ?」
少女はまたしても俺の視線を捉え、見つめてくる。
「ちょっとやめてよ、びっくりしたじゃないか」
彼女の後ろでムクラが詰ってくる。
「ごめんなさい」
降りてきた少女、ソルトは仕事の邪魔をしたことをすぐに謝罪した。ムクラは「ふう」とため息をついて、再び作業に戻ろうとした。まだほんのり顔が赤い。
「このようにですね」
ソルトが自分の存在を薄めて、軽くなった体重でくるりと回転する。
「有事の際には液体を利用して、私の体と意識を短時間で移動させることができます」
「へ、へええ」
かなり人間離れした所業に、俺は正直良い気分には慣れなかった。
「体を溶かせるなんて、すごいね」
尤もこの世界において人間らしさなど不必要なのかもしれないが。
「ふふん、ありがとうございます」
俺の薄っぺらい賞賛にも、ソルトは真正直に喜んでくれる。そして彼女はさらに得意げになった。
「もちろん作戦外の雑事だって可能ですよ。何かしてほしいことはありますか?」
ソルトが映像越しに俺へ期待の視線を送ってくる。
「何でも言ってください、なんでもしますよ!」
「え、ええ…」
そんないきなり言われても、何を言えば良いのか迷って言葉に詰まってしまう。今のところソルトはきちんと衣服を着ている、ように見せている、ので特に要求したいことも無い。
「何でも言ってください」
逡巡と黙している俺に、ソルトは容赦なく要求を要望してくる。
「そうだ!」そして何か良いことを思いついたかのごとく、明るい声を発した。
「マイカさん、喉が渇いていませんか?よろしければ何か、お飲み物をお出ししましょうか?」
「いや、別に」
いらないよ、とはすぐに言うことができない。実のところ衝撃の環境に体を晒し続けた影響なのか、異様に喉が乾いてしまっていたのだ。気管を液体で満たしているのにもかかわらず、どうして感想を自覚できるのだろうか?海の水を飲んでも渇きを潤せない理屈みたいなものか。
「そうですよ、そうしなくてはいけませんよ」
暗黙する俺の言葉を待たず、ソルトは自身の思い付きに自信を確定し続けていく。
「転生者という生物は最も必要とするのは、魔力ではなく水分だとファーザーも言ってました。私ったらすっかり忘れていましたよ」
「水分?確かにそれがないと生きていけないけど…」
そこで不穏なイメージが先行してくる。まさか、焼肉店のときみたいな。
「ソルト、あの俺できれば水はいらないかな」
店員の冷め切った接客をフラッシュバックしながら、俺はソルトにようやく要求をする。
彼女は俺の注文に温かく答えた。
「何を言っていますか、水じゃなくてもっと美味しいドリンクがありますよ。何が飲みたいですか?」
「コップ一杯分だったら、何でもいいよ」
ジョッキでだされたら堪ったもんじゃない。
「だとしたら…、珈琲とかどうですか?」
ソルトか聞きなれない品名を言った。
「カーヒー?」
なんのことだ?もしかして。
「コーヒーのことか?」
「そうとも発音しますかね」
ソルトが不意に顔を曇らす。
「もしかして珈琲苦手ですか?」
「ううん、そんなことない」
心内の不安を悟られないように、努めて明るい声を出す。本当のことを言えば俺は珈琲はあまり好きではないし、そもそもソルトが言う「珈琲」が果たして俺の知っている「コーヒー」と同じ存在なのかも怪しい。
もしも真っ青な飲料を出されたらどうしよう。その時はかなり決意を決めなくてはいけない。
でもきっと、焼肉が普通だったのだから大丈夫だろうよ、と俺はひそかに自分を鼓舞して笑った。
水分補給は季節に関係なく、こまめに行いたいものです。