溶ける爪
溶ける身体?その理由は?
「私は液体になれるのです」
ソルトはわかりやすく、意味不明なことを言い出した。
「はあ?」
疲れが早くも出てきているのかもしれない、ついキレ気味に言い返してしまう。
「私は特定の状況でのみ、液体になれるのですよ」
「2回言わなくていいよ」
おそらく100回でも理解できないだろう。
相変わらず俺の反応など意に反すことなく、ソルトは穏やかな表情で解説を続ける。
「私の体が属する種族、チャコウグループの生き物は、体を構成している細胞を意図的に融解する防衛反応が可能なのですよ」
「なんか、何かここまで来て、君のとんでもない生態を教えられたんだけど?」
およそ現実味のない少女の体を、俺はついぶしつけに眺めてしまう。融解ってあれだよな?溶けるって感じの意味だよな?体が溶ける?そんなことが、生きている人間に可能なのか?
「それこそが、今日一日の理由でもあったのです」
ソルトは少し遠くを見る。
「今回マイカさん、つまり転生者様のサポートをするにあたって私が、私のような総合的に見れば優秀とは言い難い癒術士が選ばれた理由は」
彼女は俺から見て右側にある手を動かし、視線を誘導させる。その手は、彼女の体は暗い室内に置いても、不思議とはっきり実像を目に映している。
「おお」
俺は薄く驚いた、ソルトの手が秋の雲みたいにぼんやりと、柔らかく透けはじめたのだ。少女の手が水まんじゅうみたいにふるふると震えている様子は、人外的な不気味さがある。
視線を手から離すと、ソルトの真剣な顔が見えた。彼女は自身の手に注目して、歯を食いしばって集中している。
「このように私の体は、融解能力が他のチャコウグループの個体に比べて抜きん出て優れており、攻撃を受けなくとも体を溶かすことができるのです」
ソルトは息を吐く、すると霞んでいた手が元の硬さを取り戻す。
「このある意味変異的な特技が、転生者のサポートに役立つ可能性があるとファーザー、モティマ博士が中央政府機関に意見したのです」
ソルトはそこで自慢げに胸を張る。
「博士のプレゼンテーションは、それはもう素晴らしいものでしたよ、鬼気迫っていたといっても良いくらいです。その甲斐あって、異例の速さで今回の作戦プランも決定しましたからね。博士すごい!」
ソルトは此処にはいない出っ歯の男に向け、音のしない拍手を贈る。
「博士の作った作戦に、栄えある抜擢をされたこと。これこそ私が生まれて、今まで生きてきた理由そのものですよ」
心の底から嬉しそうにしているソルトを見ていると、なぜだか正体不明の不安が襲ってきた。
「別にそこまで喜ぶことでもないような気が…」
言いかかて止める。俺が彼女の何を知っているというのだ、余計なことは言わないでおこう。
「それに」
ソルトはさらに言葉を続ける。
「転生者様が、マイカさんに会えたことだって、私に素敵な喜びを与えてくれましたよ」
ストレートに好意的な言葉を向けられて、俺の心臓が浮き立つ。
「別に…、それは言いすぎだよ」
恥ずかしかったので、我慢していた言葉が別の意味を持って口から出てしまった。
チャコウグループのは水分を好み、感想を苦手としています。基本雑食性でなんでも食べます。ソルトはクレソンが好きですが、物語にはあまり関係ないので憶えなくて良いです。