きになる種
気になること、それはとてつもない誘惑を持っている。
「何でもいいや。ソルト、俺にはそんな事よりも気になることがある」
「何でしょうか?貴方の体以上に不思議なことは、そうそうあるとも思えないのですが」
ソルトが唇に指を当てて思考する。
「いいやあるよ、大いにある」
それはムクラの異常な切り替えの早さ、あるいはルドルフの相手によって変化する態度、それともウサミがさっきからずっとハミングしている歌の歌詞、はたまた門外不出と銘打っている割には、やたらメディアに登場しすぎな面のある妖獣について。
いずれの事柄、ではなく。
「結局君の瞬間移動は、どうやってるの?」
まだそれを気にしてんのかい!と無意識の漫才師が突っ込みを入れた気がする。
だってしょうがない。もちろん問いただしたいことはそれはもう色々と、剱岳の如くそそり立っている。だけどやはり目下気になる事項は何かと問われたら、ソルトの瞬間移動についてだったのだ。好奇心に逆らうことは難しい。
「ふーむ」
ソルトは俺の質問に対して、指の力をさらに強める。柔らかく湿った唇が、滑らかに冷たい指先にぷにぷにと弄ばれる。
「そうですね、そのことについてご説明するのには、なかなかの時間を有してしまうのですが」
「だったら手短でいいよ」
時間が最早あまり残されていないのは、暗愚な俺でも薄々感づいている。そんな状況においても、今まであくまでも和やかに会話してくれたことは、今機内に搭乗している乗組員の心の広さを十分物語っている。
それらの優しさを踏まえて、さらに時間を奪おうとしているのだ、俺だってなけなしの覚悟を持たないといけない。ただし限られた時間内でのみ。
「手短、となりますと説明の難易度が上昇する可能性があります」
「それはソルトの、話し手にとっての問題?」
「いいえ、聞き手の問題です」
つまり俺の理解力の問題か。
「うーん」
今度は俺が悩む番だった。これ以上意味の解らないことを教えられたら、本気で精神がいかれそうな不安もある。だが悩みの種はそれだけではない。
お恥ずかしながら実は俺は、他人から何かを教えてもらうことがそもそも根本的に苦手なのである。あれはいつの日だったか…。と回想する必要もないほど理由は明確だ。学校でまともに教育を受けることすら苦痛だった人間に、それから回避し逃避し避難し続けてきた人間に、理解力なんてものを求めてはいけない。
だけどそれより、今は求めていけないものも確かにある。それは時間だ。俺の1秒の沈黙だって、すべてが無駄な要素だ。
早く、早く。
「できるだけ」
頭の悪い俺にも。
「解りやすく、お願いします」
「わかりました、解りやすくですね」
ソルトは俺の我儘に、相変わらず嫌な顔をしてくれない。
トルコアイスが食べたい。