幕間 ソルトの喜び
癒術士のソルトは転生者の観察を命じられた。彼女は緊張に胸を震わせつつ、彼に会いに行く。
ソルトは喜んだ。今日は彼女にとって特別な日となるだろう。期待を込めて深呼吸をする。彼女は今バルエイス魔法科学研究室の特別監察兼管理棟の廊下を歩いていた。
[転生者ヤエヤママイカ治療及び監視を命ずる、心して職務に励むように]
それがファーザーからの、そして共同保護区中央行政機関からのソルトに下された命令だった。
「転生者様、いったいどんな方なんでしょう?」ソルトは歩きながら考える。
「ここにいらっしゃるのね、なんて挨拶しましょう?はじめまして、じゃあ少しそっけないかしら。だったら、ずっとお会いしたかったです!・・・いきなりそれは馴れ馴れしいかも。うーん、どうしよう」
ソルトは人差し指を唇に当てて思案した。転生者に合うことは彼女の積年の夢だったのだ。それがもうすぐかなう。決して失礼がないよう心掛けなくては。決意とともに今までの思い出がよみがえる。舗道に行き倒れ、行政機関に拾われ、ソルトという名を与えられてからの楽しかったこと、そして辛かったことが足音とともに脳裏を流れる。
「怒られてばっかりだったなあ」
学校でのソルトの成績は、お世辞にも優秀とは言い難かった。それでも一番得意だった回復魔法を懸命に極め、もちろんそれ以外の科目も努力し、晴れて行政機関直属の癒術士になることができたのだ。だけど
「どうして私なんでしょう・・・」
周囲から何度も言われた言葉が、すでに吹っ切ったはずの言葉が今更ながら胸を刺す。実際ソルトより優れた生徒はほかにも大勢、学校にいた。にもかかわらず、成人にすら到達していない自分のような未熟者が公認の癒術士に選ばれたのか。その理由をソルトは自覚していた、否定したい、だが認めざるを得ない事実だ。おそらく今回の命令もそれが関係している。
「いけません、これから転生者様にお会いするのだから、暗い気持ちはポイしちゃいましょう!」
気を取り直して、ソルトは廊下に面している窓の外を眺める。大小色彩様々な人工照明が、無数に輝き光の花園を形作っていた。暗い気持ちを吹き飛ばすには、歌うのが一番良い。ソルトは息を吸った。
キラキラは歌っている
赤い花吹雪が舞っている
陶器は白く光って音を季節を奏でる
甘い蜜に溶かされる
鉄の鐘に耳をそばだてる
キラキラは息を止める
ソルトが幼い頃、一番好きだった歌だ。
そうこうしている内に、目的の扉に立つ。
「ここね」
もう一度深呼吸をして、扉の鍵を開ける。重そうな扉は軽い音をたてて開いた。中に入る。やわらかい床を踏んでベットルームに進む。そこには若い男性が眠っていた。
「この方が・・・」
想像以上に若い転生者は、二つの瞼をしっかりと閉じて規則的な寝息を立てている。しかしよく観察してみると、顔色が悪く体全体を疲労感に沈めているのが分かる。
「なんでしょう、ドキドキしてきました・・・」
ソルトは胸の高鳴りを必死に抑える。
「ダメダメ、緊張している場合じゃないわ。これは緊急事態よ」
転生者は体が丈夫という通説があるが、油断は禁物だ。ソルトは最高レベルの回復魔法を施行することにした。眠っている彼に顔を近づけ少しためらった後、唇を吸った。丹念に吸った後。緊張に震える手で、しかし迅速に制服のボタンをはずし、下着を脱ぎ捨てた。
「すぐに癒してあげますからね」
ソルトは転生者の冷たい体を優しく、慈しみを込めて抱きしめた。
ようやく女性の登場です。無機質な文章もソルトによって、少しでも華やかになってほしいものです。