溶けた冷凍蜜柑
ああいけない!秘密を破ってはいけない!
「まあそんなことは範囲内のことで、割とどうでもよいのですよ」
割と重要そうな事柄を、ソルトはあっさりと流す。
「私が謝りたいのは、やはりマイカさんの気持ちを貴慮しなかったことです」
「と、言いますと?」
言葉の正体が掴めず、諦めて質問してみる。
「ですので、貴方のような貴重な体を、乱暴に扱ったことです」
「ああ、もしかしてあの」
不意打ちの絞め技のことを言っているのかもしれない。
「いいよ、そのことなら別に大丈夫だよ」
とりあえずソルトの謝罪を適当に受け流しておく。不慮に触れた、彼女の身体のとある柔らかな一部分を、存分に堪能できたことが普通に嬉しかった。などという生々しい感情ではなく、単純なる寛大な心持によるものだ。
「それにさ、こんなにすごそうな機械に乗ることができたんだし、悪いことばかりでもないよ」
会話に不慣れな俺は、慣れないごまかしについ調子に乗って、半分ほど心にもないことを口走ってしまう。
「そうだよ!こんなに凄いことは滅多にないよ!」
間が悪い、なんてことはない。だがムクラの追撃に思わず喉の筋肉が硬直して、息が詰まってしまう。
「現代の技術力でカバーしてもなお、常人には駆動することすらままならない。そんな伝説の兵器が動いて、しかも登場することができる。これは最早奇跡だね!」
「へえ…」
ものすごく嬉しそうな人を共感することなく眺めている時の、この溶けた冷凍蜜柑みたいな感触の感情は一体なんなのか。
「あー、今すぐ仲間に教えてあげたいなあ」
ムクラは居ても立ってもいられないという感じに、体をもぞもぞさせる。
「そうだ、此処の端末からネットに繋げれないかな?」
彼の何気ない、悪気のない発想にいち早く厳しい声があがった。
「臨時情報処理員!」
ルドルフがムクラの言い辛い役職名を疾呼する。
「フェアリービーストの内部情報は高レベルの秘密事項だと、学校でお勉強しなかったのか?」
あえてしんねりとした口調で、ムクラに言及する。
「もし貴様が情報を何かしらの方法で口外でもしたら、厳罰は免れないのだが…。そのことを覚悟の上で今の発言を受け取っても問題ないか?」
ルドルフの遠回しだが命中率の高い叱責に、ムクラの浮ついた表情が凍り付く。
「ひいっ」と小さく悲鳴を上げると、
「すみません、迂闊なことを言いました」
すぐに素直に謝罪をした。
ルドルフはわざと聞こえるように、大きくため息をついて見せた。
ムクラは少しの間体を緊張させていた。そしてすぐに、
「ふう、怖かった…」
と、年下の少年に手厳しく叱責されたことなどさしたる問題でもないとでも言うように、すぐに気を取り直して再び自身の仕事に没頭し始めた。
切り替え早いな、と俺は常時溶けかけの脳みそで嘆じた。
私はかなりの短気なので、ありとあらゆることに苛立ってしまいます。