ベストオブな尻尾、嗚呼素晴らしき尻尾
バルエイスでは毎年、美しい尻尾を決めるコンテストが開催されます。出場条件は18歳以上の尻尾を保有した人。ミスとミスターに分かれて選評されます。整形によってあとから尻尾を取り付けた人は例外として除外されます。
瞼を開くと目に再びの風景が映る、ルドルフの後姿だ。
その頼りなくか細い背中はしっかりと前を見据え、しかしどこか気恥ずかしそうに咳払いを一つする。
「そうだ」
俺の脳内に不意な妙案が浮かんだ。実行するには多少の勇気が必要だが、今はさほど苦ではない。
「よろしければ、君から改めて色々教えてくれないかな?俺に」
やっぱり緊張してしまい、文法が可笑しくなるが意味は伝わった。
「はあ?僕が、君に?」
いきなり何を言い出すんだ、と言わんばかりの表情をルドルフは浮かべる。
「良いですね!」
賛同を与えたのはソルトだった。
「やっぱり教育は人の血液が通っていないと、ファーザーも口を酸っぱくして主張していましたよ」
どうやら彼女とファーザー、モティマとやらの胡散臭い男は、なかなか古風な信条を掲げているらしい。 もっともこれは俺のいた世界での物差しだが、この世界ではどうなのか?
「というわけで隊長さん、よろしければマイカさんに指示を兼ねて必要事項を教えてくださいな」
ソルトはそう言うと、俺から少し距離を置いた。今まで妙に体が近く、触れ合うすれすれだったので俺はこっそり安堵し落胆する。
「はい!はいはい!僕からもお願いします!」
そういきなり叫んだのはムクラであった。彼は意気揚々とびしりと手を挙げている。
そういえば彼はさっきまでずっと黙っていた、黙って何か仕事らしき作業に没頭していたのを俺は、視界の端に認めていた。何かの仕事を具体的に説明することは出来ない、なぜならそれは俺には全く理解できそうにない事柄なのだ。あえて言うならとても理系的なにおいのする作業と、とりあえず形容しておく。
そんな作業に、それこそ一心不乱に身を投じていた彼が、その手を止めてまで会話に割り込んできた意図とは。
「いやあ、僕も実はあのおじさんの話全然聞いていなかったんだよね」
「あのおじさん」とはおそらくモティマ氏のことだと推測される。もしかしたらムクラはいまだ状況をまともに状況を理解できない俺への、彼なりの気遣いかもしれない。
「だってさあ、あのおっさんすごい出っ歯だったじゃん?」
出っ歯?それがどうした?
「それが気になって、全然話に集中できなかったんだよね。いや、マジで」
「…」
…やっぱりただ自分も解らないことが多いから、ついでに教えてもらおうとするだけかもしれない。
「あと尻尾!あれはすごいよ!あんなに手入れされたものは初めて見た。テールコンテストに出たら優勝間違いなしだね、たぶん」
それにしてもこんなにマイペースな野郎にも説明を与えないといけないなんて、俺はモティマ氏に薄く同情する。
「ありがとうございます、ファーザーにあとで教えておいてあげますね」
嗚呼モティマ氏よ、ソルトは、貴方の教え子は相変わらず優しく的外れにフォローをしてくれます。
無意味に無責任に同情心を抱いてしまったので、そのあと彼女がこっそりと、
「生きて帰れたらですけど」
とつぶやいたことに俺は気付かなかった。
人間には残念な事に尻尾がないですね。