テレポーテーション?
ソルトの出現は、マイカに動揺をもたらす。
俺がうら若い未経験な初心野郎だとか、そういった諸々の事実とは関係無くとも、目の前に突如として真っ裸の少女が出現したら驚かざるを得ないと信じている。
「ああ?ああああっ?!」
信じているので大いに驚く。叫ぶと口内の液体が熱を帯びて気持ち悪い。
「ソルトっ?!なんで、どこから!何故全裸?」
「あ」
ソルトは開放的な恰好のまま軽く慌てる、靴下を片方はき忘れた程度の気軽さだった。
「ごめんなさい、いつも衣服のイメージを忘れちゃうんですよね」
彼女はそう言うと服を着た。この場合「着る」という表現は相応しくない。なぜならソルトは俺が必要性のないまばたきを一つする間に、おなじみの奇妙に露出の多い制服風の服をしっかりと、靴下に至るまで着込んでいたのだ。よく見るとご丁寧に髪もセットされて艶々している。
「どうですか?イメージに違和感はありませんか?」
ソルトはくるりと回転し、先ほどの奇行をてへへと可愛らしく誤魔化そうとしている。
蝸牛の巻貝みたいな可愛らしさについ心穏やかに惹かれそうになる。だが和んでいる場合ではない。
一体全体、ソルトは何処から現れたのか?俺がいるのは間違いなく密室で、滴一つのこぼれも許さないほど密閉されていると、液体を通して実感している。もし仮に何処かしらに出入り可能な扉なり窓なりがあったとする。だとしても開閉されたときに発生すべき自然現象、例えば蝶番の音とかそういった当たり前の音すら、ソルトの出現には伴わない。そもそもこんなに液体だらけの部屋に、どうしたら波音一つ立てずに侵入できるのか。
つまりソルトは正真正銘、何の前振りも前触れもなく俺の目の前に出現したのである。
「ソ、ソルト。き、君はいったいどうやって、今まで何処にいたんだ?」
何度目かの珍妙奇妙な出来事でも、俺は相変わらずありふれた言葉しかいうことができない。
瞬間移動!瞬間移動である!
そうとしか思えない登場の仕方をした彼女へ、そしてついでに今の状況とこれから訪れようとしている状況。ありとあらゆる疑問をソルトに、優しそうな彼女にぶつけたかった。
なんかもう、意味不明なことばかり起こると怒れてくる。とにかく何でもいいから、何となく納得できる状況説明を、唐突にしてほしいと願った。理由は特に無い、あるとしたらソルトとムクラの姿を見たことによる安心感によって生み出された心の余裕、とでも言っておこう。
まあやっぱり、願い事は単純には叶えられなかった。
「…君は…」
言葉を発したのは触覚を持つ彼女ではなく、尻尾を持つ若者が先だった。
瞬間移動!人生で何度それが使えたらと願ったことか。