ハーフ&ハーフの願い事
マイカは複雑な心境になる。
「なんてこった、いやっほう!」
ムクラは歓喜じみた大声を出す。機内にいる他の人、特にルドルフが怪訝そうな表情を浮かべたのが、雰囲気で察せられたがムクラは全く気付かない。
「いやいやまあまあ、マイカじゃないか!思い出した、あの時はどうも!」
やっぱ忘れてたんかい。という突込みはさておき、ムクラは嬉しそうに眼鏡の奥の目を細めてにこにこと笑う。その年齢に見合わない屈託のなさ、そしてようやく見知った顔に出会ったこと、それらの要因は俺に微々たる安心感をもたらした。
「こちらこそ、焼肉の割引券をありがとう」
おかげさまで美味しい思いをしました。
「いやいや、あの時はあれしかできなくて申し訳ない」
嬉しさが一変、申し訳なさになる。
「マイカには僕の命を救ってもらったのに」
ムクラは大いなる勘違いをしていた。俺の左頬が苛むようにずきずきと痛む。
「あの時は何も、俺は別に…」
心臓に錯覚的な棘が刺さる。確実の薄っぺらさを誇る俺の死後人生、もとい異世界人生。3秒後にぱちりと覚醒し、「ハイ!今までのことは全部夢でした!テッテレー」とドッキリを引っ掛けられたとしても、「あへー、そうっすか」とお茶の間氷河期を免れない冷え切ったコメントを出せる自信がある。そんな細々と傍迷惑な生命活動において、貴重なまでに確信が持てる事実がある。
「やめてよ、俺は何もしていないよ」
「何言ってんのさ、君がいたから僕は助かったのに」
「そんなことは、無いよ」
それは俺がいまだに他人に褒められることを拒否することだ。これは最早俺の体に刻み込まれている条件反射、とでも言ってしまえる。そのことに関係なく、ムクラの賞賛はもっと別の女性に贈られるべきなのだ。
「俺に言わないで、お礼ならソルトに、あの背の低い彼女に言いなよ」
ムクラは彼女にこそ賞賛を送るべきなのだ。なのに彼は肉の良くのった顎を困ったようにぷにぷに摘まむ。
「彼女に言ってよと言われても、ここには女性はいないよ?」
彼の言うとおりだった。今更ながらようやく俺はうっすら気づいていたのだが、此処はどうやら巨大な機械の中らしい。現在俺が知っている巨大機械など一つしかないし、さすがにこの世界でも巨大ロボットは珍しいものだと仮定してみれば、今俺が存在している場所は一つしかない。
「決戦兵器妖獣に、あんなカワイイ女の子が乗っているわけないじゃん」
ムクラはサンタクロースの存在を信じない子供みたいに笑う。実のところ俺も彼におおよそ賛成だった。あの美しく暴力的な機会に、ソルトのような柔らかい可愛らしさは何となく似合わない思い込みが勝手に作られていた。俺に絞め技を決めた時点で、彼女が無関係だと考えるのも無図解ことなのだが、出来て場そう思いたい。
だがその一方で俺は寂しさを感じていたことを認めなくてはならない。いつも優しく傍らで笑っていてくれた女性がいなくなることは、俺に経験したことのある喪失をフラッシュバックさせた。
「ソルト?いないの?」
半々の感情をこめて名前を呼ぶ。
半々の希望は、半々に叶えられることになる。
街で知り合いを見かけたら、逃げる一択です。