素敵な出会い
悪夢から目覚めた少年が、この世の至福を体験します。
人差し指の傷はなくなっていた。社会と労働の辛苦等々から逃げ続けてきた指先は、適度に脂に包まれており、柔らかい皮膚の下に、血管の存在をしっかりと認識できるほどの赤みがあった。
そろそろ爪切らねーとな。ささやかな誘惑と邪念を弾きつつ、俺は自身の傷の回復を疑問に思う。切り傷は比較的に治癒するのが早い感覚があるとはいえ、一晩ぐっすりと悪夢を楽しんだだけでこうも完ぺきに美しく修復されるものだろうか?いや、ありえない。指を、手のひらを動かしてみる。普段だったら寝起きは関節が強張る感覚があるはずなのだが、今日はそれがない。むしろしっかりとマッサージされたかのように滑らかだ。違和感が次第に増えていく。
「俺の手、こんなに綺麗だったっけ?」
本当に綺麗すぎる手だった。必要最低限のしわしか刻まれていないその手は、人間の手というより陶器の人形の、職人のこだわりの人品、みたいな手だった。
これは本当におれの手なのか?疑問は次々と脳から生えてくる。ここが死後の世界であってもそうでなくても、俺は確かに一度死んだのだ。トラックに轢かれて、取るに足らない人生を終えた。はずだった。公開しながら死んだはずなのに、俺は今ものすごくスプリングが聞いたベットに身を横たえている。これはいったいどういうことなのか。
「眠い」
思考を巡らせても答えは導き出されず、体が最初に出した結論は睡眠欲だった。
ここが何処であれ、俺が何者であれ、睡眠が必要であることは変わらないようだった。当たり前の事実に今は安堵しつつ、二度寝を貪るため寝返りを打ってクッションをつかんだ。変わった材質のクッションだ、硬すぎず柔らかすぎない、絶妙に安心感をそそるクッション。寝ぼけ眼で顔をうずめてみる、ひんやりとしていて気持ちが良い。目を閉じて堪能していると、形が認識できてきた。一つだと思っていたそれは二つあって、糸でつながっているのか、互いがぴったりと寄り添っている、それぞれには少し硬いボタンもある。手で触れ、揉んでみる。肌にぴったりと吸い付き、それでいてすべすべしている、もちもちだ。
いつの間にクッションを置いたのだろう、確か寝る前にはなかったはずだが。何となくボタンを摘まむ。
「いやん」女性の声だった。
目を開ける。
「ほああああっ?」
そして飛び起きた。
俺の、俺が寝ていたベットに、全裸の女性が寝ていた。彼女は奇声に反応すると、のっそりと体を起こし大きく伸びをした。
何のとは言いませんが、体の一部分を細やかに表現するのは、なかなか楽しいものです。