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幕間 修学旅行に行きたいですか?

マイカは彼女と思う存分語らう。

 俺は母さんと外を歩いていた、買い物に出かけていたのだ。

 場所はあの有名な銀座だ、しかしそれには大いなる問題がある。俺は実は人生で一度も東京に訪れた経験がない。

 そんなまさか、修学旅行で行ったことぐらいあるだろうよ。という意見があるかもしれない。しかしこちとら伊達に引きこもり人生を送ってきたわけではないのだ。全く親しくもなければ仲良しこよしでもない赤の他人と肩を並べ、知らない土地を散策することによって引き起こされるあの、心臓と脳と肺その他生命活動を内側から剣山でずぶずぶと刺されるような、あの忌々しい感覚の腹立たしさを想像すれば、修学旅行などという悪魔の所業に参加するなどという。愚かな真似は決してしない。

「要するに、ボッチになるのが嫌で学校行事を義務教育ごとキャンセルしたんでしょ。まったく、頭悪いくせに小難しいこと言わないでよ、腹立たしい」

 別にいいだろ母さん、そんないけずなこと言わないでおくれよ。

「問題はそんな万年肥やしみたいな君がどうして栄えある繁華街、銀座の夢なんかを夢想できているかだよ。そんなに偉そうなことぬかしておいて、本当は行ったことあるんじゃないの?」

 それは確実に無いよ母さん。俺はこの年齢になるまでまともな外出なんて経験したことはないし、ましてや東京なんてもってのほかだよ。

「あらら、そうなの。やれやれ、愛しの息子が数少なく確証を持てる事実が、己の出不精具合だなんて悲しい、母さんは大いに悲しいよ」

 ごめんなさい、母さん。

「いやいや、やめてくれ息子よ。私は決して君に謝罪を求めているわけではない」

 じゃあなんだい、母さんは俺に何を求めているんだい?

「最愛の息子よ、世の母親というものは自分の子供に多くは望まない生き物だ」

 本当かなあ?信じられないんだけど。

「ふむ、納得いかないといった感じだね。しょうがない、ここは一つ要求をしてみようか」

 うん、思いっきり要求して。

「私が君に望むのは、無知を信じないことだよ」

 無知?知らないってこと?

「そうだ。別にこの世のすべてを知れ理解しろなんて大それたことは望まないし、期待しない。そうだねえ…、せっかくだから此処で君の無知を一つ滅ぼそうか」

 世界征服を目論み、街を一つ滅ぼす魔王みたいな台詞と表情になっているよ、母さん。

「愛しの息子よ、君は銀座を知っているかね?」

 知っているも何も、今まさに歩いているじゃないか。此処みたいに東京にある、人と店がたくさんいる繁華街のことだろ?

「素晴らしい!素晴らしいまでに無知で、いかにも引きこもりらしい回答だよ。私は君のそんなところが大好きだ」

 ありがとう、母さん。

「嗚呼嘆かわしい、私は今から君の可愛い部分を、邪魔臭い口内炎みたいに潰さなくてはならない」

 嫌なら無理して教えなくても。

「勘違いしないで、別に嫌じゃない、むしろわくわくしている。銀座ってのは地理に詳しい方ならとっくにご存知かもしれないけど、東京以外にもよく見られる地名なんだよ」

 ああそういえば、ネットで地図を何となく検索してるとたまに見た気がする。

「そもそも銀座とは何をする場所だったか、解るかね?」

 解りません、知りません、どうでもいいです。

「君という人間男性は本当に、無知を愛してるとみる。銀座というのは銀貨を製造する場所だったんだ」

 ふーん、そうなんだあ。

「そうらしいね、知らないけど。ところで息子よ、君は銀座と言ったら何処を連想する?」

 ん?そりゃあ東京だよ。

「なるほど。となると東京の銀座が、日本における銀座の元祖だとでも言うのかね?」

 そこまで言ってないけど、大体そんな意味だよ母さん。

「おお、おお、息子よ!なんと嘆かわしいことだ。私は今息子の無知を、肉体を通じて実感しまくっている」

 何となく予想できたけど、俺は無知で愚かだった。認めるからさっさと本当のことを教えてよ母さん。

「ああわかる、君の気持はよくわかるよ。今すぐにでも無知を解消して、少しでも自分の優位を高めたいんだね。君は人を見下すのが大好きな子供だからね。解った教えてあげよう啓蒙してあげよう」

「東京の銀座は今は昔、1612年に作られた。君が一番よく認識できているのはこの銀座だ。というか、今どきの子供はほとんどこの、1612銀座を思考するんじゃないかな?その辺どうなの息子よ」

 知らないよ、母さんが知らないことを俺が知っているわけないだろ。だけど俺の思考はとてもとてつもなく大衆的だから、そう自負しているからたぶん、母さんの想像通りだと信じることにしておくよ。

「まあ他人の考えることなんてどうでもいいや、今は銀座の話を続けよう。ええとどこまで話したっけ?」

「ああそうだ、思い出した。実はね東京よりも先に作られた銀座があるのだよ」

 東京が先じゃないんだ。

「その場所はみんな知ってる京都だ、修学旅行で毎年数多くの生徒がお世話になりまくる、あの京都だ。1601年、伏見に銀座が作られた。東京よりもおよそ10年も早く銀座が作られていたんだよ」

 へえー、そうだったんだ。…それで?

「ん?何が?」

 いやだから、その知識には何の意味があるんだい?母さん。

「意味?意味なんてあるわけないだろ」

 意味もなく理由もなく、長々とただ無駄話をしたってのか!

「おいおい息子よ、そうかっかしなさんな。その怒りこそ大いなる無知の結晶だよ思わないかね?」

 思わないよ、俺の時間を返してくれよ。

「言葉に意味なんてない。そして求めてもいけない。それが君が生きてきて得た、数少ない答えだろう?そんなに睨まないでよ、母さん怖くなっちゃう」

「やれやれ、こんなにも話してるのに、まだ納得していないみたいだね。しょうがない、しょうがないから今までの会話に意味を作ってあげるよ。晩御飯を作る気分で作ってあげるよ」

「物事の由来なんてものは、たいてい知らなくても生きていけるものなんだ。君が銀座の意味を知らなくても生きていけたみたいにね。必要最低限のことさえ知っていれば、別に無知でいることなんて大した問題でもない。だけど」

 だけど?

「それではいけないんだ。知らないってことは、無知でいることは、己の牙を首を常に獣に曝け出すことと同じことなんだ。そんなことをすれば、いずれ君は牙で誰かを傷つけるか、あるいは首を噛み千切られるか、どちらかを体験することになる」

 だから?

「まあなんだ、君は今とても危険な状況へ、ずぶずぶと身を浸そうとしているってことだよ」

 なんだそんなこと、そんなの知っているよ。大したことじゃない。

「いいやあるね、大したことあるね。そのお気楽さがまさに無知っぽいってことに、何で気付かないのか」

 だってここは異世界だよ?何が起きたって不思議ではない。あ、でも今は銀座か。結局この夢はどっちの銀座だったのかな?

「さあねえ、君はどっちにも行ったことないんだろ?」

 そうだね、今更だけど死ぬ前にどちらかに行っとけばよかったよ。後悔してる。

「後悔はほどほどにしないと身を滅ぼすよ。もっとも君が後悔するべき事柄は、別にありそうだけれど」

 え?何だい母さん。息子がトラックに轢かれてこんな異世界に来たことについて、まだ気にかけれくれるのかい?

 大丈夫だよ母さん、現実でもダメだった俺だから、この世界でもすぐに

「違う違う落ち着くんだ息子よ。私は君が生きる世界を心配しているわけではない。むしろ世界なんて心配するほど怖いものでもないと、私は考えてさえいるよ」

 なんてこった驚いた、母さんの方こそ無知らしくてお気楽じゃないか。

「まあね、私も頭が悪いから、日々難しいことを悩んで生きることなんてできない。そんなもんだよ君と一緒だ。だけど」

 だけど。

「こんな何も知らない私にも心配したくなる、せざるを得なくなることがある」

 なんだい母さん、俺でよかったら相談してよ。

「嗚呼息子よ、君は優しいね。その優しさに私は甘えちゃうよ」

 甘えちゃってよ母さん。

「無知なる私が心配すること、それは」

 それは。

 何かを知るより先に、俺の眠りは消え去った。目覚めがやってくる。


以上の文章は、あくまでも主人公の夢うつつのあやふやな情報であり、信憑性はかなり低いです。気になる方は各自でお調べください。そうでない方も真に受けず、どうか軽く受け流してください。

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