挨拶はちゃんとしましょう
マイカの前に新たな仲間が出現する。
ルドルフの怒号は、天をも突き抜けんばかりの激しさだ。実際に都市を覆う天井が揺れた。もちろんそっちはルドルフの怒りと無関係だが。
何者かの活動によって世界はまさに、物理的に震撼していた。天井のわずかな破片が、ずぶずぶとすったもんだする俺たちの頭上に、雨の如く降り注いだ。
粉塵に目を潤ませる俺は、かなり今更危機感に襲われる。
「あの…、今は言い争いをしている場合では、無いと思ったり…」
この状況において最も相応しい言葉を、最も発現するべきでない男が口にする。情けないことに俺は、人に怒られることがとてつもなく苦手で、その行為を果てしなく憎悪する自己中心さを誇る人間でもある。という理由により、俺は無謀にも正しいことを無様にのたまう。舌の活動全てが膠のようにべとついて、罪の意識を苛む。
今すぐにもルドルフとソルトのどちらかが、怒るなり叱るなりしてくれたら俺のみみっちい舌細胞も、温かさを以て解れただろうし、事実まさにその展開を期待していた。
そして相変わらず期待は外れる。
「そうそうそう、この少年の言うとおりだよ。危機的状況において些細な諍いは命にダイレクトに関わるここは若い男性の意見を尊重しましょう、そうしましょう」
その助け舟は唐突で柔らかな暴悪さがあった。滑舌の滑らかなオッサンの声だ。
些細な憤然を込めて、声の主を探す。すぐに見つかった、ていうかすぐ傍にいた。何時の間に現れたのか、まさに幽霊のごとき男性は帽子をかぶり作業服を着こんでいた。
「はいはいはい、どーもどーもどーも。初めましてボクの名前はウサミでっす!」
カメラに映された芸能人の方ですか?と伺いたくなるほどの軽快さを誇示する自己紹介をしたのは、雪のように真っ白な血色をした不健康そうな男だった。身長的に考えたら小柄の部類に入る姿だ。顔の皺数に相応しい中年の肉付きが生き物らしいだるみを与え、彼の色素の薄さの神秘性を必死に誤魔化し人間性をもたらしている、といった感じだ。ただ顔に着けている丸いレンズのサングラスは、個人的な感覚として気に入らない。
ウサミという名の男は、サングラスを指で自慢げにくいっと上に押す。
「君が転生者ヤエヤママイカだね」
黒いグラス越しに俺の方を見る。
「あ、えと。はいそうです、八重山です」
反射的に電話口みたいな応対をしてしまう。ウサミはしつこくサングラスを弄りながら笑っていた。
何となく本能的に、こっそりとイラっときたので、必死で隠そうとすると顔がぴくりと痙攣した。
クッキーかビスケットのどちらかを食べたい。