ハートはどうかと思うよね
マイカはルドルフの失跡から逃れようと、必死になるのだった
「すべては俺が悪いのですよ」
俺はルドルフに意見する。彼は刃の視線をこちらに向けてきたが、怯むわけにはいかない。
「あの、俺が外に出たいってソルトに、そこの彼女に無理言ってお願いしたんです」
その場しのぎの嘘でもよかった。一方的な誤解でソルトが責め立てられなければ。だからありのままの事柄を、わかりやすく迅速に伝えればよいだけのことなのに、舌がうまく働いてくれない。こんな所こんな状況にまで、コミュニケーション障害が発動してしまっている。
「ほう、して理由は?」ルドルフが冷やかに問いかける。
「へ?」完全に言葉を探しあぐねている俺は、つい呆けた返事をしてしまう。
「外出理由は何だ?」 俺のとぼけをわざとらしい、あるいは天然のものかどちらかとして受け取ったルドルフは、いよいよ苛立ちを高まらせ、それでも親切に質問を分かりやすくしてくれた。
「外出理由、とは?」
彼の親切心も空しく、俺の理解力はいまだ春先の綿毛のように、ふわっふわと言葉の風に流されていた
質問に質問で返されることを予想していなかったルドルフは、機嫌の剣山をより鋭くした。その感情は察知できるくせに、いまだ俺は彼の不機嫌の正体を掴めないでいた。
だって、外に出ただけだぞ?一国の支配者ならまだしも、俺のような凡庸な奴一人の外出に、一体何をそんなに怒られなくてはならないのか。子供心がそう反抗しようと旗を掲げようとした。
「貴様…」
しかしそんな我儘も、ルドルフの剣幕の前では砂の城程の防壁しか築けなかった。
「まさか今だ自分の立場をわきまえることなく、のこのこと安全区域から這い出たのではあるまいな?」
彼は本気で怒っていた。俺はそれだけの価値のある行動をしでかしたのだ。もはや言い逃れは出来ない
外出理由!それはつまり!
「ええっと、それはそのですね…」
言えるわけがない、まさか焼肉が食いたいがために、無害そうなソルトに外へ連れ出すことを命令したなんて。言うわけにはいかない、視線のみで鉄板に穴を開けられそうなほど、怒りを浸透にしている人に向かっては特に。
「いやー実は肉が食いたくてですね、目の前の言うこと聞いてくれそうな女を従わせて、悠々自適に焼肉を味わいまくったんすよ。最高でした美味しかったでーす♥」
なんて言えない言えるわけがない!
だけど、いつまでもこの膠着を続けるのも不可能に違いなかった。時間はこの瞬間にでも当たり前に、ごく自然に過ぎ去っている。たとえ世界を揺るがす何者かが、この世界を蝕もうとしていようとも、時間だけはいつだって平等だった。そんなことは誰だって理解している。
なんにせよ、今すぐ言い訳を考える必要がある。早くしないと、と言っても実際には五分ほどしか経過していないのだが、即刻ルドルフのお気に召す事実を即席で生み出さなくては。だがしかし、そんな機敏な対応をこなせるほど俺の脳思考はウィットに富んでいない。だからこんな世界に存在する羽目になっているというのに。
「あの」
沈黙してしまった俺の代わりに、勇気をもって発言を試みたのはソルトだった。彼女の元に複数の視線が集まる。
今まで自分の言葉で「♥」を使ったことはないはずだし、きっとこれからも無いのでしょう。たぶん。