幕間 ウサミさんの優雅な朝(通勤ラッシュ)
混雑する電車では、空想が交差する。
乗ることを推奨される電車、乗らなければ遅刻する電車、乗れば苦痛を伴う電車に、なんとか間に合うことができました。危うく乗り遅れるところでしたが、ウサミさんの必死の小走りによって、ドアが閉まる寸前に滑り込み、割り込むことに成功しました。
溢れる汗と荒い呼吸によって掴み取った達成感は、電車内を圧倒して支配する、人の体によって生み出される圧迫感に、数秒と経たない内にぺしゃんこに押しつぶされました。
ウサミさんの住むバルエイス共同保護区、その内外部に血管のごとく張り巡らされた魔電力列車は、その世界でも有数する高レベルの発達発展力、そして規則正しさと折り目正しさによって、本日も人々の生活を支えています。特にウサミさんが居を構える区域では、その気になれば車を持たずに生活できそうなほど、それほど魔電力列車、略して電車は生活に根付いているのでした。
と、推奨してみましたが、実際に乗客として使用してみれば、すべてが素晴らしいことなど決してないのです。
電車がカーブによって大きく揺れました。それによってウサミさんはさらに圧迫され、つい苦しげな息が漏れてしまいます。この圧迫感こそ、電車が抱える目下解決すべき問題点である、とウサミさんは常々思考していました。電車は決まった時間しか動かず、そして仕事も決まった時間、主に朝にしか開始されません。なので結果、人々は朝早くから通勤時間と称された、非人間的な圧迫感に身を捧げねばならないのです。それは最早、目を覆いたくなるほどの酷さです。
どうすれば解決するのか、その答えは皆がそれぞれ正解を持っています。つまり一つ、例えば列車の構造を改造することや、通勤時間を変更するなど、何かしらの問題点を頑張って一つだけ解決するだけでは、変化のしようが無い何も変えられない、そんなものなのです。要するに面倒くさいのです。
もっと根本的なことを言えば、バルエイスには人が多すぎるのです。それは人材が豊富というとらえ方もできれば、過密にで酸素不足になった水槽にもたとえられます。
どっちでもいいや、なんでもいいや。ウサミさんは桃色に色付く鼻で静かに息を吸うと、程よく空いた壁際に身を入り込ませ、もたれかかりました。すぐそばで不満げな吐息が鳴りましたが、無視します。
混雑した電車にも、娯楽を与えることは可能です。ウサミさんはあらかじめ手の平に持っておいた、カバーつきの小型本を開きました。お気に入りの作家の短編集です。栞を探して目当てのページへたどり着きます。
通勤ラッシュの苦しみと、世にも恐ろしい痴漢冤罪には、両手を使う出来るだけ静かな現実逃避が最も効果的な薬になると、ウサミさんは頭の中で持論しています。
見えない世界には向かう気分で、ウサミさんは印刷された文字の海に沈み溺れ、潜水しました。
私は電車にかなりお世話になって育ちました。日々頑張っている駅員さんには、感謝しています。