応答せよ
世界に危機が訪れようとしている。
今気付いたのだが、ソルトは今まで触覚を二本伸ばしていた。彼女の丸い額から伸びる、柔らかそうな棒はうねうねと、何かを探しているように蠢いている。時々蠢きを止め、「はい」や「そうです」、はたまた「すみません」などと会話文らしきことを、口から途切れ途切れに紡いでいる。何やら住所らしきことも言っている。
「わかりました。ではよろしくお願い致します」
ソルトはそう締めくくると、触覚をするすると縮小させた。目の色は張りつめていて、口元は強張っている。
「誰かと連絡していたの?」
一体何時からしていたのか。そういえばサイレンが鳴ってから、ずっとソルトは黙っていた気がする。俺があたふたと、座ったまま狼狽えている間に、ソルトは何かしらの手段で何処かしらに連絡を取り合っていたらしい。
誰としていたのだろうか?すっかり触角を仕舞い込んだ彼女の眉間には、まったく似合っていない皺が薄く刻まれている。
その皺は寸間ほどしか出現せず、彼女が首を動かし目線を俺に向けるころには、跡形もなくなっていたその代わりに浮かび上がるのは、もはや見慣れた柔らかい、優しい微笑みだった。
「申し訳ありません、マイカさん。どうやら緊急事態が発生したようなのです」
彼女は軽い謝罪と、今更な状況報告をした。
「うん、それは俺にも、何となくわかっているよ」
「流石です。マイカさんは危機的状況察知能力に優れていますね」
なんだ?俺は今危機的状況で高度な皮肉をかまされているのか?
「今から貴方の担当するフェアリービーストが、こちらに向かいます」
困惑と少量の苛立ちを、跡形もなく吹き飛ばす単語がソルトの口から出てきた。
「うん。え、何だって?」
「予備魔電力源を使用しているので、節約のため出来うる限りの最短距離を走行してくるそうです。多少建築物が損壊する可能性が危ぶまれそうですが。・・・どのみち大した問題にはならないでしょうね。ともかく、あと数十分ほどで私たちの元へ到着するとの連絡がありました。私の触覚で現在位置を中継する必要があるので、今すぐ外に出ましょう」
ぶちりと言い終わると、ソルトは有無を言うことは許さないとでも忠告するように、背筋を伸ばして机と椅子から離れ立ち上がった。
その動作は、彼女の柔らかさを圧縮して焼き捨てる錯覚を俺にさせた。
何かが起ころうとしている。このただでさえ厄介そうな世界に、さらにおぞましい何かが訪れている。
閉鎖された都市のどこかで、何かの悲鳴が聞こえた気がした。
カップラーメンが無性に食べたくなる。