幕間 ウサミさんの優雅な朝(起床)
バルエイスにて一人の男が目覚める。
今日は何にも起きませんように。
ウサミさんは毎朝、夢から目を覚ますたびに神様にお願いします。神様と言っても、具体的な誰かとは決まっていません。バルエイスにはそれなりに、有り余るほどたくさんの神様がいますが、ウサミさんにとって「これだ!これを信じよう!」と思えるほどの確信を抱ける神様は、今のところいません。
ですので何でもよかったのです。今日は前日の疲れが残っていて、考えるのも面倒でしたから、枕の神様にお祈りしました。本当にいいかげん、でもそれで良いのです。
このお祈りはウサミさんの密かな日課です。6時間ほど身を横たえたことによって、すっかり暖まった布団の中、ぬくもりを惜しむようにウサミさんはゆっくり、短く神様を意識します。
けたたましいベルの音が鳴り響きました、昨日のお終いに設定しておいた目覚まし時計が鳴ったのです。ウサミさんは布団から這い出て、時計のスイッチを押します。音は鳴り止みました。
ウサミさんは常々、自分にとっての目覚まし時計の存在意義について考察しています。時計が起床を勧告するより先に目を覚ますのだから、時計は必要ないのではないか?
「ほらだって、いざって時に必要かもしれないじゃない」
これはウサミさんの奥さんの言葉です。奥さんは昔からとっても用心深い性格で、常に用意周到で油断を許さない女の人です。ウサミさんとは、そこそこ長い結婚生活を送っています。
「目覚まし時計は、とっても便利なのよ。だから置いときましょう」
ウサミさんは、彼女の言うことにある程度従います。なので目覚まし時計も結局、毎朝鳴らし続けスイッチを押し続けているのでした。
布団から離れた体は気温に順応するために、筋肉を収縮させました。毛穴がしぼみ、ウサミさんの色素の薄い体毛を幽かに立たせます。
しまっているカーテンを開けると、寝室に外の人工灯の明かりが差し込みました。ウサミさんは大きく背伸びをして、気管支を握りつぶすようなうめき声を、喉から絞り出しました。
寝ていた布団を見やります。この寝室には、布団は二つ敷かれています。片方はウサミさんの、もう片方は奥さんのです。奥さんの青い布団は空っぽでした。彼女は主婦としての仕事を果たすために、ウサミさんよりはるかに速く、起床しているのでした。
一体何時、起きているのだろうか?ウサミさんは毎朝疑問に思います。自分は聴力にはかなりの自信がある、とウサミさんは自負しています。実際彼の長い耳は、どんなに些細な音だって敏感に拾うことができるのです。なのに奥さんの暁の隠密行動には勝てた例がありません。
「お父さん、起きた?」
奥さんの声です。彼女はおそらく朝ごはんを制作しているのでしょう。ウサミさんは欠伸を一つして、返事をしました。なんにせよ奥さんの静謐さが、こうして毎朝の食事をもたらすので、ここは素直に感謝をしておくべきなのです。たとえ多少不気味であっても、彼女の不可解さは今に始まって事ではないし、きっとこれからも連続するのでしょうから、気にしてはいけないのです。
「朝ごはん出来たわよ」
「わかったよ」
ウサミさんは朝食を摂るために、移動を開始しました。
少し童話を意識してみました。全くの別物になりそうですが・・・。