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蔑むに値する舌

マイカは自身の好物を前に、高揚感を隠し切れなかった。

 気を取り直して焼肉である。

 人の数ほど焼肉の焼き方はありけり。俺が十数年の短い人生においてずっと信じてきたのは、まず最初にタンを焼くことだった。

 牛の下を食べるなんて、誰が思いついたのだろう?だって牛だろ、あのでかい口に収められている長い舌を、丁寧に皮をそいで薄切りにし、玉ねぎ塩その他香辛料調味料、そしてレモン汁で味付けして食べようなど、正気を疑ってしまう。

 タンの何が嫌って、焼いた時のあれだよな。金網の熱量に反応して、丸型にスライスされた赤桃色の肉が、じゅうと音をたてて縮まる様子など嫌悪感を抱かざるを得ない。そのまま放置すると肉が熱によって炭化してしまう。せっかくの牛の尊い犠牲を無駄には出来ないと、仕方なしに怠惰的に、安全な長さのあるトングで肉をひっくり返す。するとつい先ほどまで美しく赤く輝いていた肉は、生命を脅かす熱量によって、嘆かわしい茶色に変色してしまった。                           人間の舌も焼いたらこんな色になるのだろうか。いや、ここまで肉としての存在感をいかんなく発揮することはおそらく不可能だろう。なにせ大きさから質量にかけてあらゆる面で人間は牛に劣っているし、何より生き物としての尊さが圧倒的に不足している。もし目の前に、牛の絶え間なく草を食み続けた、忍耐力のある雄大な舌と、人間の慎みを知らない、小賢しく汚らしく性懲りもなく嘘を列ねまくる矮小で果てしなく尊大な舌、二つ並べたら俺は迷う暇もなく牛の美しい舌を選ぶ自信がある。

 嗚呼でも、そんな美麗な舌が、生きているときはさぞ懸命に、熱い生命を通わせていたであろう壮麗な舌が、今では哀れに金網の上で俺なんかに弄ばれつつ、そして咀嚼されようとしている。こんなの悲劇すぎる、全米が号泣したって可笑しくないはずだ。

「マイカさん」

「何、ソルト」 

 てらてらの脂が、口の中で言葉と混ざる。                       

「美味しいですか?」

「美味いよ」

 ごくり。尊い舌は、俺の蔑むべき矮小な胃に収められた。

焼肉はかなり好きなのですが、食べ過ぎるとおなかが痛くなります。

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