お水は無料です
ようやく安息を手に入れられたマイカ、そこでソルトの意外な一面が垣間見える。
なんにせよ、焼肉を食べるのだ。
「さあお肉を食べましょう、お肉ですよ肉肉お肉」
ソルトが有り余るほど張り切って、次々と肉を掴んで焼いていく。
俺たちは今、ムクラの割引券を対応している焼肉店に訪れていた。彼に意気揚々と紹介された店舗は、なかなか見つけるのに難儀した。何せ俺はこの町どころか、世界自体知らないことだらけだし、ソルトは道を探るのが苦手、つまり方向音痴の気質を備えていた。少々言い訳っぽくなるが、仮にこんな二人でなくとも、俺がこの世界で生まれ育ったとしても、当の店を見つけることは難しかったに違いない。
何せ店はよく目を凝らして歩かないと見落としてしまいそうな細道の、奥の奥まった所におよそ飲食店らしさを持ち合わせず、主張することなく建築されていたのだ。近所に住んでいても、教えてもらわなければ焼肉店だと勘違いすることすら困難そうな、不親切さに溢れた外観の焼肉店だった。
「いやあ大変でしたね、見つかってよかったですよ」
ソルトが冷たい水を、美味しそうに喉を鳴らしながらごくごくと飲む。四角く透き通る氷がからんと鳴った。
彼女の感想に俺も同意する。割引券に書かれた簡素な住所と、棒と点のみで描かれたシンプルすぎる地図を片手に、俺とソルトは迷子の子供よろしくずいぶんと迷ってしまったものだ。ようやく店と思わしき建物を発見した時など、古代遺跡を発見した探検家さながらの感動を覚え、二人で涙を滝のように流し、とまではいかないが、手を取り合って喜びを分かち合ったものだ。
「お水、飲まないんですか?」
ソルトの声で思考が中断される。見ると彼女のコップは、あれ、コップじゃない?
「え、ソルト、何それ?」
なんと彼女はビールジョッキほどの大きさのグラスで水を飲んでいたのだ。さっきまで普通サイズのコップを使っていたはずなのに、何時の間に交換したのだろうか。
「お水!美味しいですよ!」
つやっつやの顔面でソルトは喜んでいた、よほど喉が渇いていたのだろう。なんだか俺も飲みたくなってきた。
「んん?」ポットを取ろうとして、違和感に気付く。
水を入れるポットは空になっていた。
「ソルト、一人で全部飲んだの?!」
そのポットは大の男でも、軽く力まないと持ち上がらないほどの重量と容量がある。まさか少女一人がその中身を全部飲み干すとは。
「ええ、ごめんなさい。美味しくてつい・・・」彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「まあ、いいけど・・・」
おかわりをもらうために、店員を呼んだ。
「すみません、水のおかわりをください」
「・・・」
「?もしもし?」
「・・・かしこまりました」
店員は不愛想に厨房へ向かった。
「なんか、冷たいな」
俺は不満を漏らす。
「あの態度はないだろ」
此処ではこれがスタンダードなのかもしれなかろうが、それにしても冷淡すぎる態度だった。
「しょうがないですよ」
憤然とする俺にソルトがフォローを入れようとする。
「だって、6回目ですもの」
「6?何が?」
「おかわりが」
「へ?」
おかわりが6回、ということはつまり・・・。
「うえええ?!ポット5個分の水、一人で飲んだの?!」
そりゃ怒るわ!いくらサービスだからって、そんだけ飲んだらなかなかの損害である。
「ここのお水、とっても美味しいです」ソルトに悪びれる様子はなく、その顔は純粋な喜びに満ち溢れている。
「もしかして、まだ飲むの?」
「はい?そうですよ?何か?」
「いや?なんでもないです」
バルエイスでは水道設備がそれなりに整っているため、ソルトの行動はそこそこ許される、かもしれません。