呆れ果てた思い込み
マイカの価値観は順当に順調に崩れていくのであった。
嗚呼なんと素晴らしきことかな、他人の金で食らふ焼肉や。
詩的に感想を述べてみました。しかし感動が止まらない。人の金で焼肉を食べるなんて、社会に上手く適合した人間のみに与えられる特権であり、俺のような引きこもり、もとい社会不適合者が味わえる幸せではないと信じてきたのに。
だがここは異世界だ、俺の常識など楊枝一本分の役にすら立たないのだ。
とはいえ感激を抑えることは出来ない。あまり大げさに喜ぶと、恥ずかしいと思われてしまう。だがどうか許してほしい。実をいうと肉を、しかも焼肉を食べること自体、ものすごく久しぶりのことなのだ。
久方ぶりの焼肉を、最も幸せな金銭状態で、俺のような愚昧な男が文字通り味わえる日が訪れようとは。いやはや、死んでみるものである。
状況を事細かに説明すると、俺の身勝手な要求によって棚ぼた式に救出されたムクラから、お礼にと手渡され手に入れたのは、アラジステム内にある焼肉店の割引券数枚だった。
というわけで今から俺が御賞味するのは、ソルトが所属する何らかの組織から下ろされる資金から、ムクラの割引券分の金を差し引いた金によって食らう焼肉であった。
「死にがいがあったなあ」
「不思議なことを仰りますね、貴方は死んでいませんよ」
「うん、わかってるよ」
そうなのだ、俺は死んでいない。それについてはもう、疑うことをやめていた。確かにおれは死んだはずだった。死因と呼ぶべき記憶もしっかり持っている。あれで生きているのは、それこそ怪物と呼ぶにふさわしい。
ん?待てよ?死んだ人間って自分の死因を理解できるのか?
まあいいや。とにかく俺は確かに死んだのだ。でも生きている。今更もう、今いるこの世界が死後の世界とは言うまい。むしろ今までそう思い込んでいたことに、呆れられても良いくらいだ。まさしくずっこけ者である。
思い込みって怖いですよね。