名前を呼んで欲しいんだ
アラジステムの片隅で、二人の男女が心を少しだけ通わせる。
これ以上悲観的なことばかり考えていたら、頭に茸が生えてしまいそうだ。なんとかして、たとえ多少不謹慎であっても、明るいことを言わなくては。出血はもう止まっている。
「それにしてもさ、驚いたよ。いきなり戦いだすんだから」
俺は大げさなことを言ってみる。
「すさまじい戦いっぷりだったよね。強豪で強靭、圧倒的だったよ」
少女の域を抜けていない女性に向ける褒め言葉としてどうなのよ。と自分で思う。
「えへへ。そんなことないですよ」
だがソルトは喜んでくれた。彼女のとこの世界の感性はよくわからない。
「いやいや、あるよありえるよ。ソルトって結構強いんだね」
「いやあそれほどでも」
彼女はひとしきり喜び笑った後、目を潤ませて指を組み始めた。
「なんというか、だめだね」
再び訪れた沈黙に、鼻を掻きそうになって思いとどまる。
「人を助けたことがない奴が、無理に助けようとするとロクなことがない」
違う世界なら、違うことができるかも。そう思ったがやっぱり上手くいかない。
「そんなことありませんよ」ソルトは笑顔を作る。「無理なんかじゃありません。ちゃんと助けたじゃないですか」
俺の頬に触れる。冷たい湿気がガーゼに浸透した。
「だから、そんなに悲観しちゃだめですよ」
「悲観、ねえ」
ああほら、やっぱり駄目だ。言おうとしていたことすら、目の前の彼女に先を越されてしまう。
「ほら!良いことをしたらやっぱりご褒美が必要ですよ。転生者様、もう一度私に命令してください。今度こそ貴方を気持ちよく癒して差し上げますよ」
「ええ?!いきなり言われても・・・」
ご褒美なんて貰ったこともない。
「転生者様、なんでも言っていいんですよ」
「うーん」
「転生者様、踊りましょうか?それとも歌いましょうか?」
「いやあ」
「転生者様、それとも何か欲しいですか?私に挙げられるものなら、なんでも捧げまくりますよ」
「・・・」
「転生者様?」
「名前」
「え?」
ソルトは面を食らった顔をした。
「俺のこと、名前で呼んでくれないかな。その、転生とかじゃなくて」
俺もなんだか恥ずかしくなってくる。別に大した理由はないのだ。こんなこと、彼女に願うべきではないのかもしれない。
「わかりました、喜んで」
だけど彼女は笑って了承してくれた。少し考える、そして申し訳なさそうに俺の目を見た。
「あの、なんとお呼びしたら・・・」
「マイカ。マイカでよろしく」
今更な自己紹介だった。ソルトは若い母親のような穏やかさを唇に込める。
「マイカ、さん」
雨音のように優しく、そして不安定な言葉が宙を漂い、俺のもとに届いた。
マイカという名前はある鉱石からとっています。別に忘れても構わない設定です。