たぶん気のせい
苦悩するソルト、彼女に欠ける言葉をマイカは見つけられずにいた。
結果的には傷を治すことは彼女にはできなかった。
「うひぃーなんでぇー?うまくできないー」
ソルトの言う(いじゅつ)は、なんでも使う本人が冷静を保たないとうまく発動しないとか。そんな感じの理由によって、俺の傷は物理的には癒されなかった。
「ああ・・・。私ってほんと、ドジでのろまで屑な軟体女郎・・・」
「そこは亀にしとこうよ・・・」
「かめ?」
「ごめん、なんでもない」
俺は心底困惑した。落ち込んでいる女性を元気づける言葉なんて、まったく知らない。
「ううう。転生者様を怪我させてしまったなんて、ファーザーとお姉さま達に逆さ縛りの刑に処されてしまうううう。」
「ほら、頑張って。朝起きた時はすごい綺麗に治してくれたじゃん」
ごまかしではない。(いじゅつ)というものが本当に存在するならば、ソルトは一度は完璧にこなすことができたのだ。その現場を実際に見たわけではない、だが確証なら俺自身の体が語っているのだ。
「今!この瞬間にこそ発動できなければ意味がないでしょうよ!」
涙目で訴えられて、「そ、そうですかね?」と狼狽えてしまう。
「そうですよ!やっぱり私が選ばれるべきではなかったのです!確かに私は、身体修復の実技は他の追随を許さないレベルだと自負していますし。身体的特徴と顔の造形が、第二次性徴後の男性の好みに当てはまりやすい、と常々思っていましたが」
「思っちゃうのね、そういうの自分で思っちゃうのね」
わざとらしく無意識ぶるのと、どちらが厄介か。悩み所である。
「しかし!全ては欺瞞だったのです!ライスのとぎ汁並みに役立たずだったのです!」
そういうとソルトは、本格的に意気消沈した。朝から彼女を支配していた、やる気の縄がようやく解かれたような気がした。
「ソルト、落ち着いて、元気を出して」
俺は少しためらってから、ソルトの手を取り優しく握った。彼女の手は相変わらずしっとりとしていて気持ちが良い。
「こんな怪我、別に大したことないよ」
嘘のない、本心からの言葉だった。
ソルトは鼻をすすると、わずかに悲しい顔をして、そして微笑んだ。
「お優しい言葉、ありがとうございます」
「そんな、お礼を言われるほどのことじゃないよ。それに」
「それに?」
「それに、お米のとぎ汁は、結構役に立つんだ、だから・・・」
後に続く言葉が見つからない。つい頬を掻きそうになり、ソルトに止められる。
「転生者様はお優しいのですね」
「それはないよ」
「やっぱり、貴方は傷ついてはいけません。ここは体液注入を」
「それは嫌だ」
押し問答を受け流して、俺はたちはとりあえず道端で一息つく。
「貴方は助けなくてもよかったんですよ」
「なにを?」
「だから、色々です」
「まあ、そうかもな」
だけど、一連の騒動は大体俺の無責任な興味にある。だから
「手を出すなら終いまでやる」
それが俺のモットー、ということにしたい。
「そういうことだから、君もムクラも僕が助けたなんてことはない。人間はほかの誰かを助けることは出来ないんだ」
ソルトは反論しようとして、諦める。
「そんな悲しいこと、言わないでくださいよ」
「何を言うか、俺ほど悲惨な生き物は他にいないんだぜ。それに」
頬の痛みがぶり返してきたが、たぶん気のせいだ。
「本当に、ただ何となくだったんだ。無視できなくて、勝手に怪我した。ただそれだけのこと、だよ」
「ただそれだけのこと」は知り合いから聞いたお気に入りの言葉です。