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口づけを傷口に

怪我を負ったマイカを癒そうとするソルト。彼女の行動にマイカは困惑する。

 なんにせよ、当初の目的を果たさなければならない。でないとこれまでのすべての犠牲が、無意味の出来事として片づけられてしまうような気がするのだ。俺は手の中に残された紙片を見やる、そして小さく驚愕した。

「申し訳ありませんでした」

だからこそ、ソルトの謝罪の意味をすぐには理解できなかった。

「え?何が?」かなり間抜けな顔で聞き返す。

「私に下された命令は、貴方の身の健康を保つことでした」

 ソルトは暗い顔で地面を見る。

「何よりも、貴方の体を健やかにすることをずっと優先してきたつもりです。こうしてまだこの保護区に慣れていない貴方を半ば強引に外出させたことも、心身からによる健康を得るためと判断したことです」

「そう、なんですか」

 そこまで深い意味があったとは思わなかった。なんだか恥ずかしくなってくる。

「できうる限りでストレスを与えず、この世界になじませることが最終的な目標でした」

 しかし彼女の目標は大いに妨害された。頬の傷が疼くと同時にある、許容し難い罪悪感がひらめいて喉を貫き腹に下る。

「俺の気に入らないものを消してほしかった」言葉を思い出そうとし、そして出来ずに何となく暗めのことを口に出してみる。これで大体あっているはずだ。「俺の言ったことを、ソルトは叶えてくれたんだな」

 ソルトは不承に頬を膨らませる。

「転生者様、事実を誇張してはなりません。あなたはそんなことを命令していません」

「そうだっけ?でもまあ、同じようなものだろ」

 問題はそこではない。

「俺は会ったばかりの他人に、たまたま見かけた男性を襲ってほしいって、命令したんだ」

 ソルトの言うとおり、俺はそこまで明確なことを伝えたわけではない。そんな真似ができるなら俺はもっとうまく世の中をすいすいと渡ることができただろう。

「違います」ソルトは反論を続ける。

「同じだよ」

「同じじゃありません、それに」

 ソルトが顔を上げて俺の目を見る、手だけは所なさげに腹のあたりで絡み合っていた。

「私はもはや多くの、重大な命令違反を犯しています」

彼女の瞳は、明るい虹彩が丸く震えていた。

「私に貴方は癒せなかった」

「そんなことないよ、外に連れ出してくれて、俺はすごく嬉しい」

「あなたはこの世界が怖くないのですか?」

 この言葉は俺だけに向けられたものではなさそうだ、だったら誠意のある言葉を返さなくては。

「全然怖くないね、むしろ俺が今まで生きてきた世界の方が怖いくらいだ」

「嘘、そんなことはないでしょうよ」ソルトは少し口角を上げる。

「いいや、あるね。まさしく絶望の国だったよ」

 この言葉には俺の本音がふんだんに練りこまれている。ソルトはようやくくすりと笑ったが、またすぐに陰りをさす。

「だけど、私はあなたに大怪我を負わせてしまった」

 そういうと彼女はおもむろに顔を近づけ・・・。

「ちょお?!なにするの?」

なんと俺の頬を舐めようとしたのだ。感情と行動の不一致に、俺は戸惑ってしまう。

「え、癒術を・・・」

「医術?!」

 少女に舐められる医療など聞いたことがない。もしあるのなら、さっき言った絶望の国では大繁盛間違いなしだ。

「うう・・・。やっぱり私の癒術はあなたにとって苦痛だったのですね」ソルトは今度こそ心底しょんぼりした。

「いや、いやいや。別に君に落ち度があるわけでは」

 あるとしたらそんなけしからん治療方法を考えた奴にある、と俺は思う。

「やはり私に、こんな気難しそうな男性の転生者様の管理は身に余る重荷だったのです!今すぐ研究所に戻りましょう!」

 今更失礼なことを彼女は吐き出し始めた。

「そしてその前に、早急に怪我の治療を!」

そして今度はかなり強めの力で唇を近づけてきた。

「お、落ち着いてソルト、落ち着いて!」

俺も負けじと戦力で口づけを拒んだ。傷の痛みはとりあえず忘れることができたので、彼女の癒しの技術はどうやらなかなか優れているようだった。


この世界には体液を怪我に塗るという、ほぼ絶滅した治療魔法が存在する。という感じでどうか納得してください。

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