出血大サービス
ソルトをかばったマイカ、彼の行動は新たな現象を呼び覚ます。
強い衝撃があった。脳が揺れて視界が霞む。足元がよろけて倒れそうになるので、数歩ほどバランスを取るために足踏みをする。本能が完全なる意識の覚醒を求めていた。瞼を瞬かせ、眼球を安定させようとすると、視界にキラキラと細やかな星々が光った。
生あたたかい鉄の味が舌に触れる。しまった、歯を食いしばるのを忘れていた。殴られた時には口を開けてはいけない、基本中の基本である。赤血球が口内に浸透する、自身の損傷を確認するために、舌を蠢かせる。ええとどこだ、あ、あったあった。頬の裏側の一部分が俺の歯によって裂傷している。予想していたよりも痛みが少ない。出血も大したことがなく、俺は怪訝に思う。おかしいな、こんな軽傷で済むはずは。重ねて確認するために、手で頬に触れる。
ぬるりとした液体が手についた。汗にしてはべとべとしすぎている。手を見てみる。指の腹が真っ赤に染まっていた。
「あ、あああ・・・」
俺のうめき声かと思ったが、違った。目を声のする方へ回すと、野郎が俺のことをまっすぐ凝視していた。手ががちがちと震えている。何かを握っていた。それは手のひらに収まる、カッターナイフほどの大きさの刃物だった。銀色に光るそれは、野郎の手の振動によって白い残像を、いや少しだけ赤い残像を空に描いていた。赤色の正体は言うまでもない。
もう一度俺は頬に触れてみる。先ほどより液体の流出は増えており、もはや片頬を覆い尽くさんばかりだった。
痛みがあまりにも遅く脳に訴えかけてきた。顎の先から赤い液体が、ぽた、ぽた、と緩慢に滴り落ちてきている服に滲み、地面に丸い模様を点々と落とす。
俺は刃物で切られ、出血しているのだ。しびれる痛みが体を支配する。だがこんな状態になりながらも俺の心は安堵に満ちていた。
野郎の顔から脂汗が滲みはじめた。
出血大サービスって、結構怖い言葉だと思います。