最後まで言わせない
圧倒的な戦闘を見せるソルトに、マイカは一抹の不安を覚える。
野郎達は激怒した。
「おいガキ!いきなりしゃしゃりでてなに勝手なこと」
勝手なことを言うな。と軍団の中で一番小柄な奴はソルトに言いたかったのかもしれない。だがそれは実行されなかった。顔に拳を叩き込まれたのだ。遠くからではよくわからないが、おそらく綺麗に指が折りたたまれた見事なグーパンだったのだろう、小柄な体が並行して吹っ飛び、硬い壁にぶち当たった。
「ぐっ」なぜか俺の息が詰まった。
「うひーっ、あれは痛い」これは俺の声じゃない。
首を回すとすぐ隣にさっき逃げたはずの肥満が、固唾を飲んだ表情で成り行きを見守っていた。
「うおっ?あんたいつの間に。逃げたんじゃ」
「ああっ!女の子が掴まれる、と思ったらそれを華麗にかわしてきつい一撃!」
肥満は先ほどまで渦中にいたはずの戦闘に夢中になっている。銀縁眼鏡の奥の瞳がつぶらに輝いていた。
「くうっ!ひと時も目を離せない戦いがここにある!」
なんか実況までしてやがる。だが確かに目の前で繰り広げられている戦闘は華麗、華麗なまでに一方的なものだった。安心してほしい、俺の不安は外れている。勝負などはなからないも同然だが、あえて勝敗を付けるならば、ソルト一人の圧勝だった。
「この!」
野郎の一人が叫び、攻撃を繰り出す、それは全くの無意味なものだった。ソルトは軟体生物さながらの柔軟な身のこなしで、野郎共の統率のとれていない攻撃を難なく回避し続けている。そして攻撃のまにまに、彼女の小さくて柔らかそうな体からは想像もつかない狂暴な攻撃、主に握りしめた拳を一切の容赦なく顔面に沈めて行った。血液が、たぶん鼻血が、飛散して野郎の体と一緒に地面に落ちる。すでにぶちのめされた野郎の顔面からも出血が発生しており、地面に黒いシミを点々と作り口からはよだれが垂れていた。
戦いは終わった、一方的な戦いだった。
「終わりましたよー、もう安全でーす」
気分が沈んでしまいそうになるほど明るい声で、ソルトは俺を読んだ。いや、俺だけというわけではないのか。俺の隣にはいまだに肥満がくっついていた。いつの間にか実況をやめていた肥満は、興奮がすっかり冷めたのか青い顔をしている。
「彼女さん呼んでるよ」
ぎこちないが懸命さのある笑みを浮かべ、肥満は俺の背中を押す。
「彼女に助けられちゃったなあ、お礼を言わなきゃ」
安心の中に恐怖をにじませている言葉だった。恐怖の理由は十分共感できたが、同時に侮蔑したくもなる。助けてもらっておいてそれはないだろうと。しかしそれを指摘できる資格など俺にはない。
その時だった、ソルトはさすがに疲労していたのだろう。
一番に反応したのは俺だった。もれなく全員気絶していたはずの野郎のうちの一人が、ゾンビのごとく蘇り今度こそ明確な、感情を持ってソルトに飛びかかろうとした。手には小ぶりな刃物が握られていた。おそらく懐にでも隠していたのだろう、まったく、いくらなんでも物騒が過ぎる。
などということを、俺は走りながら考えていた。目的はただ一つである。
「あ、ちょ!」
二番目に事態を察した肥満が、俺を呼び止めようとする。何となく思うのだかこいつ結構、反射神経優秀だよな。
戦闘描写の稚拙さについては、どうかご容赦ください。余談ですが、殴るときの拳は親指を包まない方が骨折の不安が少なくなるそうです。