ヒーローが現れる
マイカの命令によって、一つの戦いが開幕するのかしないのか。
隣にいたはずのソルトはいなくなった、それは俺が原因だった。
「あなた達!おやめなさい!」
お決まりすぎる言葉とともに、困った人の前に必ず現れる。どれだけ世界が変わろうとも変わることのないヒーローの姿がそこに現れた。ただし少し違うのはヒーローが小柄な、非力そうな少女であることだった。
「何をやってるんだ、あの子は」
己が引き起こしたことなのに、体が目の前の現実を受け入れられないでいる。あまりにも唐突すぎる展開だった。そんな命令主の狼狽など汲み取ることもなく、ソルトは緊迫感の渦中へとずんずん進む。
「弱い者いじめはおやめなさい、私が容赦しませんよ」
突然の闖入者に被害者の肥満と加害者の野郎共が、この時ばかりはそろって同じ困惑の表情を浮かべた。遠く離れた第三者がこの場面を見たら、誰が被害者なのか10分ほど頭を悩ませて答えを放棄したくなるほどの奇妙さが、場を支配した。
「なんだあテメエ?」
しばしの沈黙を破ったのは加害者側の野郎どものうちの一人、一番声がでかそうな奴だった。
「いきなり出てきて何エラそうなこと言ってんだ」
ほかの奴が、もっともな感想を唾を飛ばしながら述べる。
「ガキの女が邪魔すんじゃ」
「お兄さん!」
ソルトは壁に反響するほどの大声を出した。
「うひっ?」
大声をたたきつけられた肥満は、上ずった返事をする。
「逃げてください」
「は?」この声は誰のものかわからない。
「逃げて!」
ソルトは張りつめた声で肥満に命令をした。
「ひ、はひいい」
一番早く反応したのは肥満自身だった。彼は重そうな巨体を揺らして野郎共から、そしてソルトから離れ、俺のいる方まで意外にも素早く走ってくる。
後には怒りをまだ灯していない野郎達のぽかんとした顔と、何を考えているのかわからない少女の後ろ髪が、俺に見えた。
本編にムクラ登場です。彼は約束に急いでいたら、ヤバめの人に勢いよくぶつかって怒らせてしまったのです。