そうらしい
実際に聞いたわけじゃないけれど
まず最初に確認できたのは、何と空を飛ぶ山羊であった。
「や、山羊が飛んでいる…」
正確に説明すると、ドローンに似た幾つもの浮遊する小型の機械が、蜂の翅音似た音色を奏でながら、一つの大きな檻を運んでいる。その檻には一頭のそれはそれは立派な山羊が収容されていた。
俺はその向こうに潜んでいるであろう怪物のことを置いといて、檻の中の山羊に見惚れてしまった。芸術的に作られた文字盤の中の巨大な偽物ではない、生きている小さな本物の動物。
「これは浮遊偵察機の映像から、所長が導き出した見解なのですが」
ソルトが前置きをして作戦の説明をしてくる。
「今回の目標はどうやら、偶蹄類に関心を持つ傾向がみられるそうです」
「え、何で?」
俺の疑問にはムクラが答えた。
「さあ?無イの気持ちは僕らには理解できないよ。だけどなんか、生産所から家畜が逃げて隊長さんと英雄君が行方不明になった時ね」
不意に後ろめたいことが掘り返され、息が詰まったがここは耐える。
「ドローンも使ってみんなで文句言い合いながらあちこち探していたらさ、捜索隊の一つから無イの反応が出たって連絡が来て」
相当恐ろしい事態であったはずなのに、ムクラは手の動きを止めることなくあっさりと語る。
「みんな慌ててドローンのカメラから状況を確認したんだ。そしたら所長さんがあることに気が付いた。傷まみれでどろどろになってとても動ける状態に見えない無いが、一匹の山羊を追いかけて地面を張っていたんだよ」
不気味ながらも平和だった想像に、グロテスクが加えられて現実味が増した。
「動けないならそのままほっておいても平気なんじゃないか?」
決して怪物に同情したわけではないが、しかし聞かずにはいられない。
「とんでもない!それは駄目だよ」
見ることは出来ないが、きっとムクラは目を見開いていた。
「動かなくなった無イの体はどんどん腐って、その肉に含まれている魔力を狙って別の個体がどんどん寄ってきちゃうんだよ。その昔は技術も足りなかったから、瀕死まで追い詰めた個体は使える部分だけ取って残りの残骸とかは保護区の外、楽園まで捨てに行ったんだけど、その度に何人かは犠牲になっていたらしいんだ」
ムクラは彼らしくなく声を暗くしている。
「そりゃあ僕らだって、出来ることならさっさとあれの肉を解体したい、可能なら生きたまま保存もしたい。けれど回復して暴れられるともっとヤバいことになるそうだから出来ない。だったらやっぱり始末したい、最近は特にエネルギー不足が問題になっているし。だけどやっぱりその、どうしても…」
「直接殺すこともできないから、どうにもできない」
体が腐っても生命だけはずるずる残り続けるのか、悲惨だな。
「前に据え置き型の爆弾で殺すって方法考えられたんだけど、逆に全員で‘‘その行為‘‘に協力しちゃった感が出ちゃって、逆に後始末が大変になったこともあったみたい」
その行為、と遠回しに言うだけでも、ムクラの声は喉を抑えつけられているように苦しげだった。
「だから理由は解らないけれど執着心を持っている山羊で、俺の元へ連れてこうってことなんだな。よく解ったよ。ところで」
話題を変えてみる。それに引っかかることもあった。
「エネルギーって?、それと怪物はどういう関係が」
「あ」
だが俺が話題を変える必要もなく、ムクラの関心は別のあるものへと移っていた。
色々と言い訳がましくなってしまいました。