暗闇からこんにちは
ようやくね
雨はもう数敵の滴を落とすばかりでほぼ止んでいた、夜は深く空にはまだ雲が覆っているため、地上はじっとりとした暗闇に支配されている。雨粒の跡が残る360度の画面は、やっぱり臨場感たっぷりで本物に限りなく近かった。
兵器に再び登場してから、かれこれ数十分は経過している。その間は特に何をするでもなく、ただずっと動かないでいた。生産所の南西門の辺りで待機する、それがルル隊長及びキト所長から下された指示だった。
建物を壊さないよう慎重に機体を動かし、少し開けた門前で体を小ぢんまりと丸めて落ち着かせた。頭痛が少し起きたが、どうしても動けない程でもなかったので無視しておいた。
しかしずっと動かないでいると、忘れようとしていた不安がむくむくと蘇り、湿った布のように心へ張り付き圧し掛かるようだった。
「あの、このまま動かなくて大丈夫なのか?」
気を紛らわすつもりでルルに聞いてみた。瞼を閉じると衣替えをした彼女の、細い体が視界に映り込む。俺の声が聞こえると彼女は耳をぴくりと震わせた。
「用意できる限りの安全で、尚且つ被害を最小限に抑える場所での戦闘ならば、我々も貴女方の要求を甘んじて受け入れよう。というのがキト氏から承った言伝だよ」
「なるほど」
所長殿の情け深い心に感謝と詫びを頭の中だけで送りつつ、画面越しに周辺を観察してみる。
確かにこの辺りなら大丈夫、かもしれない、と直感的に思った。建物もまばらで舗装もちゃんとされていない、そして何より山羊のいる畜舎とはかなり距離があった。
ここなら暴れても。
「ん?」
黙々と戦いのシミュレーションを脳内で繰り返していると、南西門の向こう側、光のない植物と廃墟の波の中から、何者かが発する微かな音が聞こえてきた。この音は。
俺と同時、あるいははるか先に気付いていた男性が小さく笑う。
「さーて、ついに再戦の幕があがるぞ」
ウサミが暗闇に隠されている敵へ好戦的な台詞を吐くのが聞こえる。
ルルは少し不安そうに、しかし力強く拳を握りしめた。
「目的は今、とある誘導に従って真っ直ぐこちらへ向かっているとのことだ」
「とある誘導?」
一体なんだろう?一瞬怪物がぴこぴこ光る交通安全人形に、大人しく良い子に誘導されているという、不気味な光景が浮かんできてしまった。
「なんかね、餌を使って誘き寄せているらしいよ」
ムクラはキーボードを鳴らしながら呟いた。作戦のために魔法を準備しているのだろう。
「処理員さんは目的を視認次第、魔法弾を放ってください」
「りょーかい!」
ルル隊長の指示にムクラは元気よく返事をする。
「残っている燃料を工夫して、特大の魔弾を作っちゃうよ」
青年は頼もしくキーボードを叩いていた。彼はやる気に満ち溢れている、だがどうしても声が震えているようだった。
「操縦士さん、あとどれぐらいで作戦を始められそうですか?」
ソルトがウサミに聞く。
瞼に力を入れて視点を切り替えると、ウサミの姿が映った。彼は帽子を取っている、白く長い両耳が露わになっていた。
彼が耳を動かす。
「来たぞ、誘導係も一緒だ」
ルルが尻尾と息を震わせる。
やがて暗闇がら生き物の姿が現れる。
最近パソコンの明るさを変更できることに気付きました。