振り返るとそこに
これは驚いた
生産所にある運動場らしき広場、そこの人工灯に照らさているムクラが高揚した様子で拳を握りしめた。
「よーし!ついに勇者マイカの伝説の一端がここで繰り広げられるんだね!」
「伝説って…」
いざ他人から真面目にそう呼ばれると、やっぱり恥ずかしいものがる。それでも地下世界での暴走を物語に組み込まない所に、彼のよく解らない優しさがあった。
怪我をしたにもかかわらず元気いっぱいな青年の横で、ソルトは不安そうに目を伏せていた。
「本当はもっと入念に準備をする予定だったのですが…。予備電源もほとんど残されていないので、今回は最初からマイカさんが妖獣を動かすことになります」
ソルトは深々と頭を下げる。
「肉体に負担がかかることを、どうかご覚悟ください。すみません」
丁寧に謝られるとこちらの方がなんだか申し訳なくなる。
「そこままあ、俺が出来損ないの転生者なのが悪いんであって、仕方ないよ」
「違います!」
「そんなことないよ」
青年と少女から同時に否定され、面を食らって目を丸くした。
「前々から言おうと思っていたのですが」
ソルトが自分の出した大声に照れつつ、もじもじと指を絡ませている。
「あんまり自分を卑下しないでください、そんなのつまらないですよ」
「ソルト…」
今まで言われたことのなかったその言葉を、すぐには理解できなかった。
「そうそう、君ほどオモシロでびっくりサーカスみたいな人は、なかなか珍しいんだから」
ムクラは褒めているのか貶しているのか、よく判らない感想を述べてくる。
「ファーザーに何か嫌なこと言われたのかもしれませんけれど、気にしちゃいけませんよ」
ソルトはソルトで自由に勝手な俺の心配を募らせる。
「あのおじさんは自分のことを棚に上げて、人を見下す癖がいつまでも治らないただの困ったさんなんですから」
「ソルト、落ち着いて。駄目だよ上司をそんなふうに言ったら」
彼女を落ち着かせながらも、内心では少し可笑しく同意していた。
「でも確かに…」
本人に聞こえないのを良い事に、そして沈む気分を少しでも紛らわすつもりで、ソルトの優しさに便乗してみる。
「たしかに何となく人を見下していそうな雰囲気はあったな」
今思い出してみると、あのでかい前歯から繰り出された言葉は全て、未知の生物への恐れから作り出されたものだったのだろう。
「他人の悪口で花を咲かせるとは、転生者様はずいぶんと俗っぽいんだな」
後ろからルドルフの声が聞こえてきた。所長との会議が終わったのか。
「別にそんなんじゃ…」
振り返るとそこには、人工の光に照らされた見慣れぬ少女の姿があった。
耳鳴りがする。