裸じゃいられない
いいかげん服を着なさいってば
「それでもまだ」
まだ気になることがある。
「どうしたの?」
視線を向けないよう慎重に蟹歩きになっている俺を見て、ルドルフが不思議そうにしていた。彼女の方から先に、一刻も早く衣服を着てほしかったのだが、自分からそのことを要求するのは恥ずかしくてできない。なので俺が先にさっさと着衣を行うことにした。
「何でもないよルドルフさん、そろそろ寒くなってきたから服を着ようかなって」
しゃがんで虹色の光に照らされている、借り物のジャンパーをつまむ。乾き切ったとまではいかず、まだずっしりと湿り気を帯びている。このまま着たらとてつもなく不快感を覚えそうだが、しかし贅沢を言っている場合ではない。
「手伝おうか?」
「いりません!」
ルドルフがものすごい提案をしてきたので、大事な上着を引き裂きそうになった、ついでに声が裏返る。これ以上鼻出血を起こしたら、マジでぶっ倒れてしまう。
とりあえずインナーを先にということで、生乾きのTシャツに腕を通す。水の臭いをたっぷり吸いこむと、隠そうとしているはずの気持ちが、納得して終わらせようとしていた残りの疑問点が、ウイルスのように安心感を貪食するのがわかる。
そうだ、聞きたいことはまだ沢山あるのに、彼女なら答えてくれそうなことが。
たとえば、どうして転生者は人間でなくてはならないのか。わざわざとんでもない程お金がかかっていそうな研究施設で、ほぼ博打に近い転生者の出現を願うのか。別世界からの異邦人に頼らなければならない理由は、どうしてそこまで人間を欲する?
ていうかこの世界には人間が、本当にいないのか。人間によく似た動物的な人、尻尾や鱗、触覚を生やしている人の形をした生命体なら、地下世界で大勢見てきた。
何故彼らには怪物を殺すことが出来ないのだろう、そしてどうして人間には殺せるのか。魔力の多さとは関係のない、別の理由があるのかもしれない。俺のようなはずれの転生者でも構わず殺意を、ああそうだ、時計塔の元であの気持ち悪い生き物に触れたとき、俺はあれを殺したいと思った。
痛みも苦しみも何もなかった、怪物を殺すことに躊躇を抱くことすらなかった。
俺はもしかしたら既に知っているのか、人間だけが怪物を殺せる理由を。
考えようとしたら、
「みいいいつけたあああーっ!」
青年の頓狂な叫び声が何処からか聞こえてきた。
「ええ?何?誰!どこ?」
見ると部屋の入り口辺りに雨合羽を着たムクラが立っていた。探しに来てくれたのか、額はびっしょりと濡れており、合羽の下の腹は苦しそうに上下している。
「もー二人とも心配したんだよお、いつの間にか行方不明になっているんだから、みんな慌てちゃって」
彼の優しさは涙が溢れるほど嬉しいが、先に冷や汗がどっぷりとにじみ出てきた。もう少し後に来てほしかった、だって今は。
「情報処理員さん」
ルドルフがのっそりと、何事もなく立ち上がるのが気配で分かった。
もちろん彼女は服を着ていない、本当に着ていない、下着すらも着ていない。
「あれ」
暗がりに目が慣れてきた、あるいは俺に気を取られていていたのか、ムクラはその時初めてルドルフの姿を認識していた。
「ひいえええええ?」
ムクラにとっては突然視界に登場したように見えたであろう全裸の少女に、彼は暗所でも判るほど顔を赤くして、
「お楽しみお邪魔しました!すんません!」
一体何を勘違いしたのか、そのまま廃墟の外へどこまでも遁走しようとした。
「え?待って!」
驚いたルドルフがそのまま追いかけようとしたので即座に制止する。
「待つのは君だよルどぅっ、ルっさん!、服を着なさい」
慌てるあまり舌を噛んでしまった、すごく痛い。
「あー!しまった!」
割とすぐ近くでムクラも叫び声をあげる。部屋の中から廊下を覗くと、丸い背中がうずくまっているのが僅かに見えた。
「どうしたムクラさん!」舌がずくずくと痛み、涙が滲む。
「僕としたことが!運動神経悪いくせにいきなり走り出すから、転んで足首を捻ってしまった!」
ムクラも予期せぬ珍事に気が動転しているのか、変に説明口調になっていた。
この物語おいて全裸を見られることは、鼻をほじっているのを見られる程度の恥だと思ってください。