英雄の伝説
昔々のことだった
「しかし世界は突如として変った、まるで命令されるかのように変化を余儀なくされた。転生者が出現したんだ」
危機的状況に颯爽と英雄が登場した、漫画だったら集中線がこれでもかと描かれるであろう場面を、ルドルフは何の感慨もなさそうに語った。
「俺以外にも、転生者って呼ばれる人がいたんだね」
まさか自分が世界初だとは思えなかったが、しかし自分以外に異世界へ訪れた人間がいることに、奇妙な感動があった。他のの転生者様は、どのようにしてこの世界にやってきたのだろうか?何となくトラックに轢かれてはいないだろうなと、謎の自信みたいな確信が持てた。
「それで急に異世界人が出現しても、みんな驚くどころか狂喜乱舞していたわけだね」
開口一番が万歳になるのも頷ける。
「転生者の出現はあたし達にとって、まさしく革新そのものだったらしい」
「らしい」
「あたしも過去の記録を見ただけなの。そこには記されているのは、一つの個体に膨大な魔力を有し、まだ研究途中で実践段階まで進んでいなかった妖獣を乗りこなし、無イを殺害したとされている。拒絶することなく否定することなく、不可能とされていた殺害を可能なものにした」
短く劇的な英雄譚のクライマックス、しかし少女は感動も感激なく締めくくる。
「世界には希望がもたらされたんだよ」
めでたしめでたし、だけでは終わらない。現実は終了することなく継続する。
「その希望の転生者は、その後どうなったんだ?」
ルドルフは記憶を辿って続きを思い出そうとする。
「確か…その後も続いた戦闘で、ある日深手を負ったらしい。それからは前線を退いたと聞いてる」
「なんだか、情報が曖昧なんだね」
さっきからやたらと「らしい」と聞いていいる気がする。
「ごめん、あたしその辺はあまり真剣に勉強してこなかったから」
ルドルフが授業中、教師に注意される女学生みたいに笑った。
「バルエイスとは別の、シャーロットシティって言う名の保護区の機密情報だから、あまり情報が公開されていないのよ」
空気が一気に軽くなったのでついうっかり振り向きかけた、少女の白い皮膚が視界の端に映る。
「とにかく、我がバルエイス共同保護区及びこの惑星に点在している全部の保護区にとって、妖獣の開発と転生者の発掘は莫大な利益も関係してくる、いわば渇望に近い事なんだ」
「そんな中出現したのが俺であったと」
その言葉が偽りなく本当であったとしたら、あんなに喜ぶのも納得できる。
「本人の意思と関係なくあたし達の願意を一方的に押し付ける、そのことには本当に」
ルドルフの視線が痛いほどに向けられる。
「本当に身勝手だと思っているよ、こんな危険なことをさせるなんて、まったく無関係に生きてきた人のはずなのに」
途切れる言葉を彼女は振り切る。
「いや、何を言っても所詮言い訳にすぎないかな」
「ううん、話してくれてありがとう」
結構長く話し込んでしまった、雨はもう止みかかっている、まだ冷たい湿気が残っているが歩くのには問題ないと思う。
問題なんか何もない。
「いろいろ知れてよかったよ」
立ち上がって背伸びをする、そろそろ服も乾いただろうか、いいかげんお互い裸で同じ部屋に居続けるのにも耐えられそうにない。
「こんな言い訳みたいな話で良かったのか?」
背後でまだ座り込んでいそうなルドルフの、確認の声が飛んでくる。
「もちろん」
ずっと座っていて凝り固まっていた筋肉を伸ばすと、重力に従って血液が下半身に落ちて、視界が一瞬暗くなり頭痛がする。
「言い訳でもなんでもいいよ、それなりにちゃんとした理由さえあれば、俺は十分だ」
それ以上求めることなんてあるものか。
トマト美味しい。