どうして
なんでかな
「それでも、言い訳じみているけれども、マイカ君には酷なことをさせていると思うよ」
ルドルフはためらいも恥じらいもなく、いまだにちゃんと服を着ていない俺の方を、瞳を真っ直ぐ真摯に見つめてくる。
「何も知られない内に命の危険がある作業を強要しているのだから、本当だったら嚇怒したって誰にも責められないはずなんだよ」
まるで自分の方が怒り散らしたいことを望むかのように、切望の眼差しを投げかけてきた。
俺は戸惑ってしまう。
「たしかに驚くこともヤバいと思うことも沢山あったけれど、それでも怒りたいとは思わないし、思えないよ」
「どうして?」
彼女は信じられないと目だけで主張してくる、視線を下方に向けることが出来ないので、自然に顔を見つめる形になってしまう。少し恥ずかしくなってきた。
「たしかに初めてこの世界で目が覚めて、早々に貴方様は勇者なのです!って大人に言われたときは、何のドッキリかしばらくずっと疑っていたけどさ」
浮き立つ気分から軽口が飛び出てくる。からりと笑ってほしかったのだが。ルドルフは逆に鬱々とした色を浮かべてしまった。
「世界の勇者ね…、モティマ所長も冗談が過ぎるよ…」
正体の見えない気まずさと沈黙が三度訪れる。
「でも勇者って言われるのは、結構嬉しいものもあるんだぜ」
視線を少女から外して努めて明るいことを言ってみる。
「なんかさ、RPGの主人公になったみたいで、それだけはちょっとわくわくする、かもしれない」
でも俺ってそんなにゲーム得意でもなかったな、生前のどうでもいい記憶がそれとなく蘇る。
「貴方は何を喜んでいるんだ?」
ルドルフも真剣さに欠ける俺の態度を、
「あーるぴーじいって何?」
「あれ?知らないの?」
「武器の名前か?」
「違うよ」
「じゃあプログラムの名前かな」
「それも違う」
「じゃあ何なの?」
何と言われても、親しく近しく楽しんできた娯楽のはずなのに、改めて説明するとなると途端に難しくなる。
「えーっと仲間を集めて敵と戦うゲームで…」
ん、待てよ。
「ていうかもしかして、バルエイスってゲームが無いの?」
そういえばムクラも、根拠の無い完全なる偏見なのだが、いかにもゲームとかサブカル的な物に詳しそうだったのに、FPSの存在を知らなかった。
「ゲームならちゃんとあるよ」
ルドルフはそのことに関しては差して興味がなさそうにしている。
「独楽回しとか竹馬ならあたしも幼い頃によくやったな」
「そういうのじゃなくてその、電子機器を使った電子上の遊びだよ」
詳しいことは俺も分からないので、おおよそのことしか説明できない。
「機械を使う遊びか…、あたしは見たことも聞いたことも無いな」
「そうなんだ」
こんな所で異文化を感じてしまった。
「ゲームを知らない人上手く説明もできないけど、でもやっぱり俺が置かれている状況はそれとなく勇者に似ていると思うよ」
「例えばどの部分が?」
「えっと、仲間と一緒に強大な敵を倒す、ってとこかな」
「なるほど」
ルドルフは知らない知識で形容されても一応納得してくれた。
みんなと一緒に頑張って魔物を倒す優者様。あの出っ歯の男が言っていたことは、色々とちぐはぐではあったものの間違いではなかった。
「作戦を共にする仲間を勇者のもとに集う者共に例えるなんて、随分とファンタジックなものだね」
「そうだね」
そうだとすれば、絶対的にそむくことのできない疑問点が、ずっと気になっていたことがついに形を、言葉を得ようと蠢きだすのを感じた。
どうして。
わからないことだらけです。