頼りない確信をください
でもあげない
「あたしの生まれた家のように、名前に姓名を備えている者たちのことを、バルエイスでは[名前持ち]と呼ぶんだ」
「へえ」
そのまんまである。
「君の世界でいう所の、何だっけ財派閥的な…」
「財閥のこと?」
「そうそれ、ざいばつ?と似たような立ち位置だと思ってくれ」
だいぶ近しい言葉に変えてはくれたのだが、それでも現実味が持てなくて戸惑う。
「結構普通な人だと思ってたけど、ルドルフさんはすごいお金持ちだったんだね」
「色々と失礼だな」
「あ、ごめんなさい」
「いや、いいよ。それよりあたしのことは呼び捨てでも構わないよ、さん付けしたら言い難いでしょ?」
「うーん?」
特にそんなことは無いのだが、しかしせっかくなら彼女の行為を受け取ってみたい、のだが。
「ルドルフかあ」
口の中でこっそり呼んでみる、どうしてもたおやかな体を持つ少女の印象には似合わない名前だ。いや、体の細さも女であることも、彼女の名前には何の関係は無いのだけど。だけど。
「区民の平等性を謳う場所ではありながら、実際は太古の歴史と変わらず現在も、生まれによる格差が残り続けている」
またしても脱線しかけている気分を抑える俺を他所に、ルドルフは地下世界の仕組みについて、自分自身に改めて言い聞かせるように話し続けた。
「知的行動のできる生命体を地下に保存する計画が発案された当時、能力の優れた遺伝子を持った個体及びその一族に、他とは区別するための代名詞が与えられた。それが名前持ちの始まりとされている」
保存、その事務的な表現はある確信を、もしかしたら彼女も持っているかもしれない一つの考察を、気付けないくらい密やかに、実体化させようとする力が込められている。
「もっとも、あたしは本来そう言った役割に、[ルドルフ]を名乗るべきではなかった」
罪悪感と自制心を込めて振り返ってみる、極力下を見ないよう心掛けたら彼女の瞳が、遠くを見つめる空虚が見えた。
「本来の後継者だったお兄様が亡くなって、空いた席に形だけの下位互換として選ばれた妹。狼一家のあつらえもの、それがあたしなんだ」
言葉と共に目的のなかった彼女の視線が、やがてたどたどしくも意志のこもった光を放ち始める。
「だからこそあたしは頑張らないといけない。たとえ身が切れるほど辛い目に、内臓が抉りだされるほど苦しい目にあったとしても、ルドルフとしてのあたしの有用性を証明しなくてはいけない。そうしないと」
少女はその肌より白い牙を削れるほどに喰いしばる。
「見殺しにされたお兄様が、死ぬにも死にきれない」
彼女は使命感に溢れていた。それ自体、その正体と過去に何があったのかはわからずとも、獣の牙のような攻撃性と自分の肌を傷つける人間の強迫性、二つの意志によって他人の役に立とうとしていた。
決して自分のためだけではなく、誰かのために理由を求めることが出来る。
俺と彼女は違う。そのことを知れた確信は、俺に穏やかな安堵をもたらした。
彼らは一体いつになったら服を着るのでしょうか。