名前は無い
名前はまだない
気を取り直して質疑応答。
「えっと、何を聞こうとしていたんだっけ」
脱線しかけた会話をルドルフは戻そうとする。
「そうだ、そうだった。その、マイカ君?」
俺の意見を練り込んだ呼び名を、ルドルフ自身が何故か照れ気味に言葉にした。
「マイカ君はどうして、この世界に来たんだ?」
「どうして?」
真っ直ぐな質問に内心怯んだ。
「あたしはさ、身勝手な理由なんだけど、自分を変えるために作戦に参加することを志願したんだ」
何も言えずに黙ってしまった俺のかわりに、ルドルフが先に自信の心を打ち明けた。
「保護区記録史上最も魔力が少なく、また精神も不安定で実用性が全くないゴミの如き転生者、を使いこなせれば、あたしの存在価値を見出せると思ったんだ」
「へ、へえ」
悪評もそれなりに受け入れてきたが、そこまで言われるとやはり心が痛い。
「ごめんね、ダメダメな転生者で」
「貴方は自身が生物としてではなく、道具としての品評をされていることに、怒りを覚えないのか?」
ルドルフが自分が言った言葉に、自分で怒りを覚えているようだった。感情に矛盾をたくさん抱えている、なんとも忙しい人だ。
「うーん、その辺に関しては俺から特に思うことは無いな」
振り返りかけたが、理性によって必死に首を留める。
「生きていた頃も死んでからも、嫌なことからはずっと目を逸らしてきたからね」
「そこは、共感したくないけどすごく共感できる」
ルドルフは笑った、俺も笑う。
「俺もルドルフと似たような理由かもな」
廃墟の地面、その向こうにある鮮やかな過去が目の奥に蘇る。
「自分がこのまま変わらないでいるのに耐えられなくて、変わりたくて行動した」
「でも結局変えられなかったな」
彼女は俺の独白に自分の心情を重ねようとしていた。
俺と彼女は違う、罪の重さが違う。そう知っているし言いたかったが、今は何も言わないでおこう。今だけは共感の心地よさに、短い間でもいいから温かく浸っていたかった。
なので話題をもっと無難なのに変更したい。
「ルドルフってさ、本名なの?」
「え?」
温く穏やかになりかけていた空気は一変した、ただし冷たさがある方向に。
「いやほら、ルドルフって名前、雰囲気的に女の子らしくないって感じだからさ」
そんなのどうでもいいだろ?とか、じゃあ女らしい名前って何だ?などの疑問点が腹の中から湧き上がってきた。だが
「たしかにあたしの名前は本名ってわけじゃない」
ルドルフの方から先に答えてくれた。
「ルドルフはあたしの生れた家に伝わる名跡なんだ。代々家を継ぐ者が、その性別に関係なくその名を名乗るんだ」
「名跡か、名字とは違うのか?」
「みょうじ?何それ?」
「え、何って…」
彼女にふざけた様子はない、そういえば、
「もしかしてこの世界には、名字が無いのかな」
思えば会う人すべてが、名前を名乗っても名字を名乗ることは無かった。単に言わないだけだと受け流していた、しかし名乗るべき名前が無いと考えれば、違和感はあっても納得はできる。
「名字、ああ姓名のことか」ルドルフが俺の言いたいことを察した。
「たしかにバルエイス共同保護区には、姓名文化が存在していない。一部の例外を除いてすべての個体は、生まれた瞬間から個人限定の識別番号が割り振られる」
「それって、ややこしくならない?」
生まれてからずっと名字と共に生きてきた身としては、その存在が無い世界のイメージが出来ない。それに番号で管理されるって、それじゃあまるで
「無いことを当たり前として生きてきた身としては、その生活スタイルの不便さを理解させることは難しいな」
無いことを説明するのは難しい、ルドルフも俺も想像力が優れている方ではないのだ。
「異文化交流は、またの機会にするとして」
今は気になることを少しでも片づけたい。
「さっき一部の例外って言ったけど、それって」
「ええそう、その例外の一つが私、ルドルフ・オウカメなの」
少女は棘に触るように自身の名を声に出した。
フルネームだと言い難い名前を意識しました。