舌を噛んだら口内を清潔に保ちましょう
無理はいけない
横になった体制では見ることは出来ないが、声の調子からしてルドルフは恥ずかしがっているように思われた。腿の肉のうごめきが顔の下で感じ取れる。
「とにかく服を乾かそうと思って発光石に、あの携帯照明にくっついている光石を取りだして、ちょっとした小細工をしようと思ったんだ」
「小細工?」
「あの、えっと、前に本で呼んだんだけどね、発光石に一定の情報を書き込むと、光を押さえたままで熱だけを強めることが出来るって。だけど」
彼女は気まずそうに床を爪でごりごりと削る。
「なんか、なんか上手くいかなくて色々手当たり次第に試してみたら、なんか変な色が溢れてきちゃって、どう考えても失敗だよねコレ」
「うーん?」
どう?と聞かれても俺にはよく解らないことなので、どう答えたら良いのか判らない。
「色が綺麗になったから、本と違っていても正解の内に入ると思うよ」
何も知らない俺には、何の意味もないそのままの感想しか言えなかった。
「そ、そうかな?」
ルドルフはそんな子供っぽい意見に、幼子のように素直に喜んだ。
「簡単な魔法なんだけどね、発光石のエネルギーを媒体に、空気中の酸素を」
少女は自身の知識を異なった形であれ発揮できたことに、心底喜びを感じている風だった。
「それって、俺にも使えるのかな」
ルドルフの意気揚々とした解説をひとしきり聞いた後、相槌を打つついでに何気なく質問してみた。
「え、何が?」
談話を一時停止したルドルフが、一瞬何のことを言われたのか理解できずに、きょとんと聞き返してきた。
「いやだから、簡単だって言うなら、俺にもこんなことが出来るのかなって」
虹彩は時間とともにゆっくりと薄れていき、その儚さが限られた鮮麗さをより際立たせていた。
「出来るもなにも…」
俺の髪の毛をこねこねと弄くっていたルドルフは、密やかに素っ頓狂な声を出した。
「ヤエヤママイカ、貴様は。いや、貴方は転生者なのでしょう?こんなことはいとも簡単に…」
言いかけて彼女は「あー…」と一考し、「うーん…」と小さく呻いて思慮をめぐらせた。
「貴方はその、なんて言うのか…、転生者の割には出来ないことが多い、だったっけ?」
言葉を言い終えるや否や、彼女は申し訳なさそうに手の平をばたつかせた。
「あの、その、あたしは、じゃなくて僕は、別にそのことを行政機関の人みたいに、問題視しているわけではなくて…」
彼女のしたい気遣いは理解できた。
「そのことなら俺にも解っているよ、えーっと」
しかし自身の身の上を他人に説明するとなると、途端に奇妙な気分になった。
「たしか、色々と例外が沢山あって、怪物と戦う作戦が始まる前から面倒臭いことになっていたよね」
不意に地下世界のニュース番組が、キャスターのぬめぬめしていそうな鱗が思い出された。
「そんなことは無いよ」
ルドルフが強めに否定してくる。
「たとえ君の個体性能が低くく、信用に足らなかったとしても、本作戦には何の問題もなかった。そうあたしは、じゃなくてぼきゅ、はそう自信を持って推測…して…」
言葉の最後は掠れて明瞭さを失っていた。
「ルドルフさん、舌を噛んだら無理に喋らなくてもいいと思うよ」
「うるさい…」
想像以上にダメージが深かったのか、声には涙が混じっていた。
「あたしは、じゃなくてぼくは平気だよ」
「あの、さ、俺からいうことでもないと思うけど」
そろそろ貧血も回復できただろう、太ももから頭を慎重に離すと、
「言い難いなら、無理に口調を作らなくてもいいんじゃないか?」
まだ星の散る視界で壁の方を見つめながら、彼女に提案してみた。
ルドルフは一旦不満げに鼻を鳴らしたが、すぐに微笑みに近い息を吐いて、
「そうね、よくよく考えてみれば、貴方のような例外にあたしの立場なんか大した問題ではなかったわ」
見えない位置で一つの決め事を諦めた。
「これ以上舌を噛みたくないし」
レバーや卵を食べるのも良いそうです。