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幕間 ルドルフの溜め息

少女は思案する

 ルドルフは大きく溜め息を吐いて、服も着ぬままの状態で卒倒した転生者の元へ、彼女自身もも一糸まとわぬ姿で近寄った。裸足が地面の冷たさを直に染み込ませ、ひたひたと柔らかい足音を密やかにたてる。

 転生者ヤエヤママイカは、部屋を覗いたままの恰好で硬直し、そしてそのまま横向きに転倒したのだった。その間わずか10秒ほどの短さだったが、その場に直面したお互いにとっては、永遠にも感じられるほど強烈な瞬間であったことは間違いない。

 腰を落としてまずは転生者の身体を確認する。まずは頭部、毛髪に埋もれた頭皮の下、頭蓋骨の硬さが指で揉む。結構無理な体勢で受け身もとらず転倒したため、やはり内出血を引き起こしている。しかし問題にするほど重症でもないようだ、当の本人はすでに穏やかともとれる寝息を吐き始めている。正確な詳細までは判らずとも、全体からのぼる血色のよい皮膚の香りからは、異常は読み取れない。たぶん大丈夫、だとルドルフは判断した。

 しかしまったくの無傷と言い切れるわけではない、個人の感覚としてはそれなりに整合性がある顔面、その下半分は鼻腔から流れ出る液体によって、いくつかの赤い筋を彩られていた。意識を失ったにもかかわらず出血はまだ続いている、のだが問題はなさそうだ、その勢いは枯れかけの湧水のようなもので、やがては止まるだろう。失った血液の量もそう大したものではない、少なくとも生命活動に支障はないはずだ。

 しかしこのまま顔面を血まみれにしておくのは、正しい判断とは言えない。いったん立ち上がり室内を見回す。不慮の事故による壁の倒壊によって、部屋の中は外の空気に浸食されていた。外は未だに雨が降っていて、それはいつの間にか嵐に近い激しさを持ち始めていた。かろうじて残っている窓の片方で、古いカーテンが雨粒に濡れつつはためいている。

 あれでも使うか、ルドルフはそう思いついた。埃臭い布を掴み、力任せに引っ張る。脆く剥がれたそれにためらうことなく食らいつき、歯を食いこませて顎の力で分厚い布を引き裂いた。

 手頃な大きさまでに破いた布を、雨粒で適当に濡らして折り畳む。それで一向に起きる気配のない転生者の顔面をごしごしと拭いた。少々不潔な気もするが、血だらけよりはマシということにする。

 屈んでいると下ろした髪の毛が顔にかかって邪魔だった、確か脱いだ服の中にゴムひもがあったので、あとで結んでおこう。

 あとは、

「どうしようかな…」

 ルドルフは腕を組んで考え込む、この後どうすればよいのか迷っていた。

 転生者、ヤエヤママイカの顔を清めたとして、はたしてこのまま地面に横たえたままにしておいてよいものか。さすがにそれは可哀想だとルドルフが考える。彼が意識を失う羽目になったのは彼自身にも問題があったとして、しかし彼女にだって不本意だが原因の一因がある。こんな体を見たら誰だって衝撃を受ける。

 カーテンだった残骸を寝具にしようと思ったが、やめておいた。このまったく肉がついていない体に、不潔なものに耐えられるほどの免疫力はなさそうだったからだ。

 仕方ない、ルドルフは出力を増量した人工灯の近くに置いてあった、自身の衣服を掴んだ。まだ湿っているがこれを毛布代わりにしてみよう。予備の人工灯ともう一つヤエヤママイカの持ってきたものを合わせて、熱量を増やしたらそれなりの温かさになる。

 服の中からゴムを取りだして、念のため持ってきたヘアピンが落ちたが、今は無視して先に髪の毛を後頭部で一括りにする。

「枕は、何でもいいか」

 ルドルフは目覚めぬ少年を、ずるずると部屋の中へと引きずり込んだ。

またまた幕間です。

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