狼さんの特に大して秘匿できていない秘密
見ちゃった
待っている間、とにかく暇だった。比較的乾いている地面に、ジーパンを脱いで下着のみになった尻を下ろす。上半身も服を脱いだので、湿った寒気が腹部の皮膚を包み込む。膝を曲げて腕で抱え込むと重なり合った皮膚の内で、じっとりと汗が噴き出してきた。
寒さをしのぐのに自身の腕と太ももだけでは、どうにも心許ない、せめて毛布一枚ぐらい欲しい。廃墟内を探索でもしたら、一枚ぐらい適用しそうなものは見つけられそうだ。
だがそうするのは躊躇われる、うっかり脱衣中のルドルフに出くわす危険性があるからだ。外見ではあまり広そうに見えない廃墟であるが、こうして内部にいると中々の広さがある。気を付けて息を潜めていれば、彼も多分気付かないと思う。しかし彼のあの、見開いた動向から繰り出された「絶対見るな!」の警告を思い出すと、どうにも恐れの方が勝る。別に死ぬほど寒いわけではないので、危ない橋を渡る必要もない。
それに、単純に一人で頼りない照明のもと謎の廃墟内を探索できるほど、俺は勇敢でもないのだ。大人しく待っていよう。
脱いだ服はとりあえず、廃墟内にある長らく使用されていなさそうな棚らしきものに引っ掛けておくことにした。埃を払うとくしゃみが出て、鼻の奥がじんと痛くなった。
パンツ一丁で外に佇むなんて、なかなか出来ることじゃない、だからどうということは無いが。
壁に寄りかかって座り、いまだに降り続ける雨に濡れる地面を眺めた。生きている時にも、雨が降った時は意味もなく窓の外を眺めていた。その時はさすがに服は着ていたが。
動かないでいると瞼が重くなる。そういえば兵器から体を出して睡眠を少しとってからずっと、締め付けられるような頭痛がのしかかっている。無理に徹夜をした時の痛みとよく似ている、別に睡眠不足というわけでも。
あれ?そういえば、俺ってあの巨大兵器に乗ってから生命活動的なことをしたっけ?食事は一応している、コーヒーと地上で目覚めたときソルトに、
「栄養補給をしましょう!」
と口に突っ込まれた甘い、あまり美味しくないゼリー飲料。それだけだ、それだけしか栄養を摂っていない。
後は、何をしたっけ。何もしてない?御手洗いも入浴もまともにしてない?ちゃんとした固形物も摂らず、また洗浄行為も碌にしない。やったことと言えば屋上でうたた寝をしたことぐらい。大丈夫なのか俺の体?変に汗臭かったらどうしよう、雨でも浴びてやろうか。
解決しようのない不安に体を丸めながら黙考していると、いよいよ眠気が強くなる。本当に眠ってやろうか、でも山羊を探さなくては、寝てる暇なんかない…。
……。それにしてもルドルフ遅いな、服脱ぐのに一体どれだけ時間がかかっているんだ。やっぱりあの服脱ぎにくいんじゃないのか。
ついに頭が傾きかけたとき、廃墟の奥から何かが崩れるようなけたたましい轟音が響いてきた。同時に悲鳴も耳に届く。
「ええ?何?隊長?ルドルフ隊長、どうした!」
驚いて反射的に立ち上がる。
「あ!いや!あの!だいじょぶだ!」
奥からルドルフの上ずった声が聞こえてきた。
「うっかり、壁の一部が倒壊して、棚が倒れて来ただけだ、問題ない」
「えええ?大丈夫ですか?怪我してませんか?今そっちに行きます!」
そういうが先に、俺は服も着ることなくスリッパだけを履いて歩きだした。
ルドルフが「待って!」と叫んだが、無視して歩き続ける。座ってても眠気が増すばかりだし、人がいる所なら眠気もまぎれると思ったのだ。
ひたひたと足音を立てて廃墟内を探索する。外から見たときは特に何も気づかなかったが、こうして実際に内部を歩いてみると、結構広さのある建築物だった。木製の床が長年の劣化によって、天然の鴬張り如く軋んでいる。
これだけ広いと一枚ぐらい、毛布代わりになりそうな物があるだろう、例えばあのカーテンとか良さそうだ。
それにしてもこの建物は一体、もとはどういった目的で建てられたのか。ルドルフの姿を探しがら観察し、思惟を巡らしてみる。
くすんだ窓ガラスに指を滑らせる、そして思いついた。ここはもしかしたら学校だったのかも、雰囲気がいつか通っていた小学校に何となく似ている。かつては此処も、たくさんの人間が歩いていたのか。それがどうして、枯葉のように埋もれて朽ち果てる運命をたどることになったのか。
ある部屋が見えてきた、中からは微かな灯りと、それに照らされた塵の嵐が漏れている。
「ルドルフさん、大丈夫ですか」
来たのはいいのだが、仮に彼が怪我しても俺には治療なんてできないな。そんなことを考えながら部屋を覗き込む。
「あ」
部屋の中には白い、そして細い肉体があった。
驚愕している顔面の下にある首筋は掴めそうなほどほっそりと、鎖骨は液体が堪りそうなほど盛り上がっている。
ルドルフが息を吸う、脇腹の下にあるあばら骨が水面の綾のように浮き上がった。
柔らかそうな毛に包まれた大きい耳が震える、動揺しているのか。
よく鍛え上げられた、言ってしまえばやつれているともとれるほど美しく細い肢体。それなのに胸部にだけは、不思議な二つの柔らかさがあった。
胸筋にしては違和感のあるそれはなだらかな丸みを描き、それぞれの頂点にある突起は空気の冷たさに反応して、冬の終わりの蕾みたいに膨らんでいた。
目をそらせ、直観的な理性がそう叫んで命令してきた。それなのに目を離すことが出来ない、それが最低な行為だと知っていても。
だから結局、決定的なものまで見てしまった。
………、要するに、あの、あれです、下半身を見てしまいました。 彼には「彼」と呼ぶべき機能が無かった。そこには俺が持ちうることのない器官が、当たり前として存在していた。生で見るのは初めてでした。
鼻の奥が熱くなる、熱は溢れ唇を伝い顎から滴り落ちる。
滴が落ちると同時に、視界が回った。見るだけ見て気絶するなんて、なんという卑劣な。そう思っても脱力と重力に逆らうことは出来なかった。
かすみゆく視界の中で、ルドルフが慌てて服も着ずに駆け寄ってくるのが見えた。
そこで気付いた、彼、ではなく彼女の体には、幾つもの古い傷跡が刻まれていた。
世界が暗転する。
また文章が消滅しました。吐くかと思いました。