水を大切に使いましょう
雨は止まない
「雨を見たことが無いのですか?」
確かに地下深くに住んでいたら、当然のことながら天気が変化することも無い。星の光も雲の流れもない、あるのは灰色の天井と人工灯の瞬きのみだ。
「ああ、私の生家がある下層区域では、決められた時刻に人工雨が降ることもあるが…。こんなたくさん水が降ってくることは無かった」
偽物でも雨をわざわざ降らせることに驚いたが、何も言わず黙って彼の話を聞く。
「本当に空から大量の水が落ちてくるんだな、作り話の存在じゃなかったんだな」
「そりゃそうですよ、雨が降らなかったら水が足りなくなる」
隊長殿の子供みたいな反応につい可笑しくなる。
「まあでも、魔法だったら水も好き放題に使えそうですけど」
「そんなことが出来たら、楽園も必要とされないな」
ルドルフは眉間にしわを寄せたが、口元は笑みを浮かべていた。疲れているから、怒る気力もわかないのだろう。
「資源を無限に生み出せる記述が開発されたら、地上生産所の役割もなくなる」
「まあ、そうですよね」
わずかに和らいだ空気に、頭の中で胸を撫で下ろす。
「この世界、えっとバルエイス?ではどうやって生活用水を作っているんですか?」
「え?ああ、それはもちろん、ちゃんと雲から降ってくる雨水を利用している」
ルドルフは一向に止む気配のない雨粒を、何も知らない幼子に教示するように指示した。
「あ…僕たちが身を置いていた第7生産所の他にも、生活用水を管理する施設が別にちゃんとある。何番だったかな…、排水の処理も担当しているはずだ」
「へえ、すごいな。ものすごく大きい溜池とかがありそう」
「ああ、気になるならいつか」
「ん、何?」
「いや、何でもない」
若い隊長殿は湿り気を帯びた壁に寄りかかり、瞼を閉じた。
「隊長さん、疲れたんすか」
「そうではないが…」
彼は眉をひそめて体をよじらせる。
「もしこの雨が止み、家畜を無事回収できたとしても、僕たちはただでは済まないだろうな」
「ああ…そうだね…」
雨にまぎれて忘れ去ろうとしていた事実が、ぬるりと心臓に圧し掛かってきた。
勝手に兵器を動かし、勝手に地上へ飛び出し、そして勝手に迷子になった。どう弁明しようとも、何らかの痛みを伴う処罰は免れない。やがて訪れる抗うことの許されない苦難に、今から緊張し吐き気がしてくる。
「まあ、その時はその時だ」
ルドルフが壁から体を話し、しっかりと視線を雨の降る外へと定める。
「責任はすべて僕が負う、貴方は何も心配する必要はない」
彼は優しく言って、照明を僕に手渡してきた。
「そんな、そんなこと…言わないでよ」
思いもよらない隊長殿の優しさに戸惑い、只々小さな照明を受け取ることしかできなかった。白い光を放つ小石がはめ込まれたそれは、小型の懐中電灯によく似ていた。
何かをしなくてはならない、そんな欲求に駆られる。どうしてルドルフが、俺なんかに優しくしなくてはならないのか。とても許されないことが起きていると勝手に実感する。
せめて、隊長殿のために俺も何かしないと。強迫観念が脳を絞めつける。生きていた頃の記憶が今になって甦ってきた。そうだった、俺は昔から人に優しくされるのが苦手だったっけ。
頭を働かせて考える、汗が雨水と溶け合ってべとべとになる。
あ、そうだ。
節水を常に心掛けたい。