雨に唄わない
雨降り
そして見事に迷子になったのであった。
「はたして彼らはこれからどうなるのでしょうか?」
「ナレーション風に事情を説明するな」
「おしまい」
「勝手に終わらせるな!」
「すみません」
ルドルフはわかりやすく狼狽していた。
「まったく、どうすんだよあほんだら…」
俺たちは今、雨宿りをしていた。山羊を追いかえて四苦八苦していたところ、深淵に引きずり込まれるかの如く自身の現在地も見失ってしまった。地上生産所がこんなにも広いと思わなかった。よくよく考えてみれば、地下世界の生活を支える施設が、ちょっとした散歩で済ませられるほど小ぢんまりとしているわけがない、完全に失念していた。
限りなく自然物に近い雑木林をかき分けかき分け、汗だくになって探索してたら、まるで狙い澄ましたかのように雨が降ってきた。季節を考えれば何もおかしいことは無い、のだがどうしてこう…、タイミングが悪すぎる。
ずぶ濡れになったルドルフが苛立たしげに息を吐く。頑張ってこちらを睨んでくるが、いまいち迫力が足りない、雨天の中走り回ったのでさすがに疲弊したのだろう、俺も体中がぼんやりとした熱を発している、風邪ひくなこれ。
「あなたも顔が濡れると力が出なくなるんですね」
「何を言っているんだ」
「頭蓋骨を取り換えましょうか?」
「その前に貴様の首を噛み千切ってやろうか?」
「すみません、冗談です」
唯一の幸運と言えば、探索の果てで雨宿りにちょうど適している廃墟を発見できたことか。後ルドルフが携帯照明を持っていたこと。
外はまさしく豪雨であった、雨に唄うことすらままならない程の攻撃性を持った雨粒が、止めどなく地上に降り注いでいる。死ぬ前は天気のことなど考えもしなかったが、これがゲリラ豪雨というものなのかもしれない。
それにしても不思議なのが、どうして森の中にいくつも人間が住めそうな家屋、の残骸が幾つも打ち捨てられているのだろう。木造、に似た建物以外にも、不自然な意志のような塊があちこちに放置されている、誰かが昔ここに住んでいたのか?
まあ、なんでもいいや。この木造っぽい建物なら、たとえ廃墟でも十分雨よけに適している。
特にすることも無いので、くすんだ窓越しに外の風景を眺める。木々の緑が水分を含み、より一層色を鮮やかにさせていた。人間にとっては厄介な天気でも、植物にとっては生存に喜ばしい出来事か、熱に浮かび始めた頭でそんなことを考える。
隣にいるルドルフを横目で見る、彼は俺とは別の方向をじっと見つめていた。
「しばらくここで待機ですね」
努めて明るい口調で話しかけてみる、返事はない。
「大丈夫ですよ、山羊たちもきっと無事です。ちょっとぐらい雨に濡れたって、たぶん平気ですよ」
返事はない。頬を掻こうとすると、濡れた袖が気持ち悪く肌にまとわりついてきた。
ルドルフは黙り続けている。
「どうしました?ぼんやりして」
思い切って質問してみた。
「ああ、いや」
ルドルフがやっと俺の存在を思い出したかのように答える。
「雨を見たのが、久しぶりなんだ。だから驚いちゃって」
雨の中ではコンクリートより木造の方が長持ちするようです。