本音が言いたい
山羊がいっぱい
そんなこんなで、山羊がたくさんいた。一頭の囁きとも呼吸ともとれる鳴き声が、あるいは蹄が地面を踏みつける音が幾重にも重なりあい、一つの個体として存在を錯覚させてくる。家畜というと牛とか鶏とか、豚を想像していたので、大群で管理されている山羊を畜舎の外から覗き見たときは意外に思った。
とりあえず俺と、そしてルドルフは畜舎から少し離れた場所、自販機によく似た装置の隣に広がる日陰に腰を落ち着かせていた。久しぶりでもない土のざらざらとした感触を手で撫でる。日中太陽によって強烈に暖められた土壌は、温度を引きずりながら訪れようとしている夜の冷気に溶けかけている。
相変わらず二人の間には、水気を帯びたスポンジのような沈黙がべったりと落ちていた。喉が奇妙に乾いている、単純に水分不足もあるかもしれないが、それだけでもないだろう。コミュニケーションを拒否してきた俺でも、他人と同じ空間にいて沈黙を保ち続けられるほどタフなハートを保持しているわけではない。
何か、何か会話を。
「あ、あの、山羊ってよく見ても見なくても、とても可愛いですよね」
「はあ?」
まずは四方山話でこのクソ暑い天気の話でも、と思ったのになぜか口から出てきたのは動物についてのクソどうでもいい感想であった。
「山羊か、時計塔を思い出すな」
意図されたのかはわからないが、予想外に時計塔での黒歴史を掘り返されてしまった。
「い、いいお天気ですね」
話題を変えたくて本来の路線へ無理やり変更する。
ルドルフは最早暮れかけの空をじっと見つめた。淡い色彩の瞳孔に雲の流れが映り込む。
またしても沈黙。
「山羊、もっと近くで見ませんか?」
早くも嫌気が差してきた俺は、自分の願望を提案してみた。見学しに来たのだ、動物園ではないがどうせならもっとほかの生き物も見たい。
「断る」
しかしルドルフは俺の願望を一刀両断した。
「悪いがそのような気分にはなれない」
「そうですか…動物嫌いですか」
「そうは言ってないだろ!」
若者はそこで初めてまともに俺の方を見やる。
「すまない、僕はあの生き物を見た後に、動物を見たいとは思えないんだ」
俺もようやく彼の心中を察することが出来た。要するに怪物のような生き物を、無害な動物たちにまで透き写しにしてしまうのか。
確かにあんな気持ち怪物を目撃してしまったのだから、よくよく考えてみたらしばらくトラウマに苛まれても可笑しいことは無い。
だけど。
「あの怪物と動物は違いますよ」
このままこの人を勘違いさせてはいけないと、脳内の何処かで誰かが強迫してきた。苛立ちに近い、暑い感情が腹の内から湧き起こってくる。
「あんなのは、この世界で一番醜くて気持ち悪くて汚らわしい生き物です」
碌でもないことばかり考えます。