勝手に想像しやがれ
思い込みよくない
夕空は刻々と赤みを増している。扉から漏れ出る話し声が、ひそひそと静謐な廊下に響く。
この声は。聞き覚えのあるものが聞こえてくる、ルドルフか?
盗み聞きは無礼な行為だと理解しつつ、興味本位に負けて聞き耳を立ててしまう。息を潜めて忍び寄り耳を澄ませる。
話し声は複数確認できる、だがルドルフ以外の声の正体がどうにも判らない。ソルトがいることは確定しているものの、彼女以外にも室内には人の気配がある。認知していない声の主、男性だと思う、その人物はどうにも穏やかではない語気で話している。むしろ怒っている?
子供っぽい声が一際強く何かを発言した、ルドルフが反論しているのだ。もう少し近付けば言葉を判別できるかも。
誰に見られているわけでも無いのに、つい隠密中の忍者気分になってしまう。姿勢を低くしついには頬を扉に密着させると、
ばたん!と勢いよく扉が外向きに開いた。
「ごうえ!」
顔面に強烈な衝撃が走り、姿勢を保てず攻撃を受けたダンゴムシのように体が転がる。
「いい痛っつう…!」
「ごっごめ…すまん!大丈夫か?」
硬直して痛みに耐えていると、頭上から不安そうな若者の声が落ちてきた。涙で滲む目で見上げるとルドルフの顔があった、なんだか顔色が悪かった。
「やあ隊長さん、お話は終わったのかい?」
この期に及んで盗み聞きを誤魔化すために、あえて軽い口調を演出しようと試みる。しかし色々な意味で声が震えて、どうもいまいち恰好がつかない。これは脳にダメージが及んでいる可能性があるかも。
ルドルフは呆れるか苛立つか或いは軽蔑すると予想していたが、しかし
「ああ、いや、その…」
帰ってきたのは正体のない口籠りのみであった。
「あれ、どうした?」
若き隊長殿は明らかに目線が不安定であった。確かに彼にとっても地上は未知の世界なのだろう、しかし今の表情はもっと別の、見慣れた感覚の恐怖が見て取れた。
一体何をそんなに怯えているのか。どうしたのと聞こうとしたが、俺のか細い声は扉の奥から聞こえてきた大声にかき消された。
「オウカメの嫡子よ!話はまだ終わってませんぞ!」
扉という障害がなくなったため、声はよりクリアに聞くことが出来た。腹にずどんと響く男性の声は、その対象でない俺まで萎縮させる力が込められている。
「いきなり此処を無イの妖獣の戦闘に使用するなんて言う、そのような無謀が易々とまかり通ると御思いなのか!なんという理不尽な要求!」
少し奇妙な堅苦しさのある口調でも、ベースと聞き紛うほどの低音ボイスでいわれると不思議な説得力が出てきている。いったいどのような立場の、どんなどっしり系見た目の人なのか。恐怖と興味半々で、這いつくばったまま室内を覗き見る。
「まったく、とんだ無礼者だな」
黒張りの椅子に腰を落ち着かせていたのは、…。
なんというか…、サンタクロースの仮装が似合いそうな長身の全体的にすっきりとした男性であった。急激なイメージの乖離に眩暈がする。
人を判断する基準は様々ありますが、声はとにかく信用できないのが私の持論です。