毒殺を期待する少年
期待したのに
お茶は容赦なく落下し続け、俺の咥内及び顔面全体を心酔していった。
「がぼお?」
仰向けの姿勢で横になっていたため、喉まで侵入してきた液体は遠慮することなく気管に到達した。吊り上げられた鰹のように体を振動させる。硬い地面に何度か体を打ち付けると、やがて呼吸を正常に戻すことが出来た。
「すごい、のた打ち回るミミズみたいだったよ」
こちらを見下ろす形で笑っているのは、白すぎる頭髪を湛える中年に差し掛かった男性、ウサミであった。彼は2本の前歯をにこやかに覗かせながら、両手に紙コップを携えていた。
「何してんすか」
突然の謎な愚行、一昔前の寝起きドッキリじゃあるまいし。怒りを込め精一杯睨みつけようとしたが、顔面にはぼんやりと熱を帯びていてうまく力が入らない。たぶんウサミから見たら、ただ二度寝に老け込もうとしている、睡眠好きの間抜けのようにしか見えないだろう。
「いきなり何するんですか」
仕方がないので言葉で反論してみる。喉がまだ痛い、せき込みそうになるのをぐっと堪える。
「なに、お疲れの若人へ、おじさんからの心のこもった素敵なモーニングコールだよ」
「おい…」
「そして、コールついでのティーでございます」
ウサミは俺にコップをかざしたまま、もう片方の手でもう片方のコップに口を着け、ずるずると温そうな茶を啜った。
「うん、毒は入っていないようだ。同じポットから淹れたものだから、安心して飲みたまえ」
安心、か。何言ってんだこの野郎は。
「わかりませんよウサミさん、薬なんかコップに入れてからでも仕込めます。僕もよく苦い薬をジュースとかに溶かして誤魔化してましたよ」
これは少しばかり嘘である、俺が嫌ってたのは子供用に甘くされた薬だ。
「酷いなあ、お天道様の下でそんなことするわけないじゃないか」
ウサミは酷くわざとらしく耳を垂れさげる。
「こんな所でわざわざ毒殺なんてしないよ、真っ先に僕が疑われる」
ということは完全犯罪が望める場合ならば、と追及したくなったがやめておいた。すでに一度俺は薬を盛られている、そんなお間抜け何を言おうとも無駄なことだ。
それに体に正直なことを言えば、ずっと外で寝転がっていたので喉が渇いた。寝起きに不気味なオッサンと会話したことで、渇きはより強まっていた。もしかしたら本当に、今度こそ本当に毒殺されるかも、恐れもあったがそれはもう今更か。
コップを受け取り、ふちに唇を押し付ける。視界が震えている、やっぱり怖いかも。それとも実は期待されていたりして。
温さを通り越して冷たくなった液体を飲み下す。
「まっず、苦っ」
コップの中身はただのクソ不味い飲料だった。毒と主張してもおかしくない不味さだ。
悲劇的な味の悪さに涙が滲む、上を見るとぼやけた天井、ではなく空が眼球に映った。
粉薬がいまだに苦手。