いいかげんな言葉
上に飛ぶ車、ソルトの言葉にマイカは耳を傾ける。
「あ、上り角が見えてきましたよ」
「上り角?曲がり角じゃなくて?」上に曲がる角とはこれいかに。
「お口を閉じてください」
ソルトはそう言うと、むっと口を閉じて黙った。とりあえず従って俺も口を閉じる。
「ひょうひょうひまーむ(上昇しまーす)」
ソルトがハンドルを体の方に引いた。すると車体がぐわりと傾き、緩やかな曲線を描いて垂直になった。そして上に向いている道路に沿って上昇した。
「おおお?」
急激な重力の移動に一瞬、体が違和感を訴えたが、すぐにその感覚はなくなる。
「ふう、上手くできました。もう開けてもいいですよ」ソルトは小さな達成感に得意げな顔をした。
「すげええ、上に飛んでる」せわしなく周りを観察してふと、不思議に思う。
「上に飛んでるのに、なんというか、すごく普通だな」
本来なら背中一面に体感するはずの引力が全くない。
「古い車なので、重力補正が作動するか不安だったんですけど。でもこうして作動してよかったです。」
「ふーん・・・」
相変わらず言っていることは半分も理解できなかったが、彼女の行き当たりばったり加減と向う見ずな性格はは何となく、この短い時間で俺にも察することができた。ああほら、さっきのトラックを無理やり追い越そうとする。危ない危ない、空を飛んだことのない俺でも危険を察知できてしまう飛行に一抹の不安を覚えるが、まあいいや。女の子と、それもそこそこ可愛いムチムチな子と空を飛べるなら、ずっと体の奥底に沈んでいた不安もささやかながら薄れていくような気がした。
「驚きだらけだ」
移動だけでこんなにも胸をどぎまぎさせてしまうような単純な男だ、この先に待ち構えていることに、俺の心臓は耐えることができるだろうか。
「いいじゃないですか、どんどん驚いちゃいましょう」ソルトが前を向いたまま言う。
「驚きは命に色を与えてくれますからね」
別に彼女は深い意味を込めて行ったわけではなさそうだが、しかし今の俺には嬉しい言葉だった。
そろそろ移動パートも終わりにしたいです。