登れ楽園への道
登りましょう
重ねましてどうでもいい、俺には多分関係のないことだ。もしも関連を誰か、偉い人に咎められたら…。…その時はその時で頑張ろう、恐らくどうにでもなる。
いつか訪れる未来の不安を振り払うかのように、俺は門へと歩を進めた。最後の門の手前にある、守備のために作られた塀が立ち塞がった。しかし人の体ならば堅固だと思うだろう壁も、兵器の巨体から見れば精々ハードル競技の障害物程度の高さにしか見えない。ジャンプすれば軽々と越えられそうだ、と何気なく壁に触ろうとしたら、
「いけません!」
ソルトがきつく禁制してきた。
「え、何?」
「すみませんマイカさん、壁にはあまり触れないように心掛けてくださいませんか?」
彼女は何故か声を潜めて要求してきた。
「な、何故に」
「そりゃあ、あんた」
ウサミが空気を読んだつもりなのか抑え気味の声で教えてくる。
「出来るだけ証拠を残したくない、的な?感じだよねお嬢さん?」
「は、はい、そうです!ルールを破るので、隠密に行きましょうってことです」
ソルトは言い訳じみた口調でまとめた。
「まだ機体に慣れていないのに、こんなことを頼むのも心痛ですが」
「うん…、まあ大丈夫だよ」
それ以上は追及せずに、すぐさま跳躍の準備をした。もうすでに、意識の有る無しを無視すれば、この体で飛ぶのにも慣れてきている。
後ろ足で地面を蹴りあげ飛ぶ。自身はあまりないが、塀に体を接することなく跳べたと思う。
瞬間の重力からの解放が通り過ぎると、足の裏に地面が衝突した。
「お見事」
ウサミが賞揚してくる。彼の言葉から、どうやらうまく跳べたらしい。
ルドルフは小さく、悲鳴に近い音を喉から出した、気がする。ムクラはアトラクション気分とお化け屋敷気分が半々といったところか。
後ろの方で怯えた叫び声が聞こえてくる、急がないといけないようだ。俺は小走りで門に、巨大なパイプらしき穴に近寄る。
穴は開け放たれていた、地鳴りのような空気の音が響いている。
「ゲートをこじ開ける必要はなさそうだ」ウサミが呟いた。
爪を穴の中の壁に食い込ませる。
「おや、自分で登るのかい?」
操縦士は少し意外そうにした。
「平気ですよ、俺はもう兵器に慣れました」
何となく、この先の作業は自分の手でやった方が良い、そんな気がしていた。
「ここを登って、登り続けたら」
「地上に出るんだよ」
ムクラが台詞を継いだ、青年はその言葉をとても大切そうに言う。心の底から未知の世界への期待に溢れている、といった感じだった。
「急ぎたまえヤエヤマ君、追手が来ているよ」
ウサミの言うとおり複数の声はどんどん近付いてきている。俺は意気込んでクライムを開始した。
「…ここから先は君のよく知っている世界のようで、それとはかなり異なる世界だ」
だから彼が終わりに言ったことの意味を、深く考えることはしなかった。
ただここを登れば、地下世界とは別れを告げることになる、そのことがなんとも不思議で奇妙だった。
「出来るかな…」
不安定な感情から頼りない言葉が出てくる。
「大丈夫ですよ」
ソルトが励ます。
「ここまで来たらやるしかないだろ」
ルドルフが応援っぽいことを言う。
さあ行こう、いざ地上へ。
ハードル走が怖かった。