それは笑っているように見える
悪いことをしましょう
まあ、どうでもいいか、走ることに集中しなくては。
勾配がきつめの坂道を一気に駆け上がる。人が活動するための建造物が、いよいよサバンナの木々のように疎らになる。勾配のきつい坂道を上る頃には、人の気配は本当にごくごく僅かなものになった。空が、人工物である質素で堅牢そうな灰色の天井が、坂を上昇するごとに接近してくる。
喉と胸が熱くなるほど走っていると、やがてある施設らしき物体が見えてきた。いつかソルトがのんびりとガイドしてくれた、地下世界の町々を区切るための門。をさらにでっかくしたバージョンの物。
それには、その門には、下層の高級住宅街や商業都市アラジステムの入り口と出口の門に備えられていた、他人への優しさに満ち溢れたサービス精神は全く含まれていなかった。
いや、むしろあれが本来の姿なのだろう、下層の門の方がきっと、人への思いやりを込めてデザインし直されたものなのだ。そう思い込めるほど最後の門は実用性に溢れていた。悪い言い方をすれば無骨すぎる、鉄骨や赤茶色に錆びついた外見が、触れずともざらついた感触を皮膚に錯覚させ、鼓膜には耳障りな音色が幻聴する。とにかく俺が何かの権力者ならば今すぐ改修、改装工事の提案を起こしたくなる、それ程に疲弊した人工物であった。
「あれがここで一番高い場所にある門」
「いいえ違いますマイカさん」
俺の感慨深い感想は即刻ソルトに訂正された。
「あれはバルエイス共同保護区で、2番目に高い場所にあるゲートですよ」
「2番目」
ああそうか、1番はあの門をさらに上った所、地下世界の出口にあたる場所になるか。ムクラが初めて旅行する子供みたいに息を飲む音を出した。
「あれを昇れば地上に出る」
俺は唇を動かさないように言う、ルドルフが答えた。
「ああそうだ」
「そうすれば怪物にもう一度会える、嬉し」
「へ?」
しまった、つい余計なことを呟いてしまった。ルドルフは一瞬きょとんとするが、すぐに姿勢を取り直す。
「あ、ああ、ゲートを超えれば地上生産所だ。今の所内部に無イの反応は報告されていない、おそらく生産所の外、楽園或いはその付近に身を潜めているのだろう」
「そうですか、分かりました隊長」
この部屋に監視カメラがあったらどうしよう、今の表情を見られたら隊長に怒鳴られてしまいそうで怖い。
「君たちよ、軽々しく話を運んでいますが、これからやることの重大さを解っているのかね?」
ぼっそりと、聞こえる程度の声でウサミが大人の溜め息をついた。そうでした、俺たちは今から何かしらの命令に背いたことを行動するのだ。悪いことをしようとしている実感は湧かない、世の悪事なんてこんなものかもしれない。
酸化は色々と恐ろしいです。