エンジョイの邪魔はさせない
エンジョイ
ルドルフが号令をかける。
「走行を開始しろ」
「わかってますよ」
何度も言われずとも、すでに体の準備は整っている。
「カウントを取りましょう、よろしいですかマイカさん」
ソルトが慌てて提案してきた、どうしても俺が兵器を動かすことへの不安が拭えないらしい。
「いいよ、お願いソルト」
人から心配されるのも、結構悪くないな。なんてことは口には出さず、簡単に彼女の提案だけを受け入れた。
「はい了解しました、それでは数えますよ…」
声のみの少女はまるで自分がこれから長躯でも繰り出すかのように、深く息を吸って慎重にカウントを取り始めた。
「オン ユア マーク」
運動会で聞いたことのある言葉、綺麗で聞き取りやすい発音と共に体を沈める。
浮遊を解除し、車体をと運転者の体感を安定させるためにある、と思われる門前の開けた空間。田舎のコンビニの駐車場をさらに拡大した感じの空白のの終わりにある門、その先にある森林のような街を見据える。
「ゲット セット」
もっと、もっと低く体を屈めろ。視線は絶対に外すな。臭いを吸い込め、ひげを動かせ、今のうちに障害物を把握しなくては。
数秒が永遠に、心臓の音だけしか聞こえない。
「ゴー!」
高く密やかな叫びが脳に火花を散らす。地面を思う存分、抉り取る勢いで蹴り上げた。筋によって吹き出した鉤爪が、アスファルトのように硬い地面を砕いた。
前足が空気を裂いて地面を掴む。走れた、そう思っている頃には体は前進を開始していた。
接近した壁にすがりより、跳躍して前足を側面に引っ掛ける。そのまま躊躇うことなく上へ上へと登り、頂上へたどり着いた。家の塀みたいに横長のその場所で、鼻をひくつかせる。俺の知っている空気、水と土があるのはどっちだったか。
ひげが方向を捉えた、あっちか。
足首を力んで塀から降りる。この程度の高さなら、肉球が落下の衝撃を吸収しれくれるとわかっていた。前足から降りて、柔らかな筋肉が震えた。すぐさま顔の向きを変える。
この世界の住宅事情はよく解らんが、今は上層の町の過疎に感謝せざるを得ない。人が限りなくいないおかげで俺は、自分の意志で気持ち良く走ることが出来そうだ。
「そうね、せっかく気持ち良い事するのに、肉と骨の塊なんかに邪魔されたくないもの」
ああでも、車は踏み潰してしまいそうだ、出来るだけ気を付けよう。
高くもなく低くもない、巨木とは到底呼べない程度の高さの建造物の波を超える。猛スピードで流れる景色の情報が明晰に脳に届くため、躓くなんて致命的なことは怒らない。
とてもとても。
「嗚呼楽しいわ」
「ゲートが近付いてきました」
ソルトがモニタリングをした。あれ、
なんだか変な声が、気のせいかな。
地下世界って涼しそう。