湿気た安堵
べとべと
その白い光に見惚れていると、
「それじゃあ、視界情報を切り替えてみるよ」
ウサミが何か、スイッチらしきものをかちりと弄くる。
何回か音が連続した後、俺のいる部屋を満たしている液体がふるふると震動し始めた。温水プールがゼラチン質の、崩れたゼリーみたいに一瞬硬直する。震えて、そして目に映る視界が変化した。
画面酔いみたいな気分になり、瞼を瞬かせる。安定してきた頃にはあの、再びの黄色身の強い世界が広がっていた。
「気分はどうですか?」
ソルトが体調の心配をしてきた。
「視野に不具合はありませんか?」
「うん、大丈夫、それはないよ」
画面の違和感にはすぐに慣れることが出来た。のだがそれよりも、相変わらずの360度ビューで臨場感たっぷりに見える外部情報の方が、今は気になっていた。
「よく見える」
そこはまだ地下世界であると思う。それを忘れさせてくれる程の広すぎる解放感は依然としてあったが、やはりどこか束縛を感じさせる空気はしつこく残り、ここが地面の下であることを示している。
「あれがえっと、このゲートの向こうに見える街らしきものが、そのハイポなんとかって言う町なのか?」
何となしに聞いてみる。
「ええ、そうですよ。あれがハイフォトゥールです」
ソルトも何事もなく答えた。
「どうかしました?」
「ううん、何でもない」
何も言わないでおいた。どうにも俺が知っている地下都市と、今めの先に広がっている町とは齟齬があるような気がした。そう思うほどあの町はアラジステムよりはるかに広大で、まるでほぼ地上と差異が無く、何もかも下層とは異なっている感じがある。
廃れ寂れた観光地、その言葉が一番しっくりきた。つまりは人の気配がない、真冬の木立を思わせるほど臭いが無かった。
「人が居ないようだけど」
恐る恐る聞いてみる、嫌な予感が心臓を握っていた。
「ああ、あのですね」
ソルトの言葉をじっと待つ。
「みんなまだ家から出たくないんじゃない?」
しかし彼女より先にムクラが言葉を継いだ。
「家の中」
そんなまさか、と思いつつもやはり安心を得たくて間隔をより研ぎ澄ませてみる。確かに虫の羽音程度の息遣い、僅かな視線が感じ取れてはいた。しかしそれにしても。
「最上層の町には人は殆ど住んでいないよ」
ウサミが特に何の感慨もなさそうに解説してくる。
「無イの侵攻が重なるたびに、人々は地下に逃げ続けてきた。昔はここも多少は賑わいがあったんだけどね、今回の侵攻でもっと人口が減るねこれは」
彼は正真正銘、他人事であった。
「そうですか」
俺の地元によく似てるな、湿気た綿菓子みたいな安心感が唐突に、べったりと心を落ち着かせる。
綿菓子食べたい。