牙を見せて
にっこり
必要に、あるいはそれ以上に醜く顔面が歪むほど力む。せめて腕の一本だけでも動かしたかったのだが、しかし出来なかった。自身の意志と繋がっていると、そう実感できているはずの腕が動かない。
視界は、肉眼で見える所は室内の、薄暗い壁しかなかった。外は見えない。
もう一度腕をあげようと試みる。やはり違和感あったが、それでも最初よりは肉体とは別に離れた場所で、他の誰かの腕が動いていることが理解できた。
息が続かず脱力する。ほんの少し遅れてどこか、おそらく外からずどんと何かが落ちる音が響いてくる。腕の音だ。
「おーよしよし、すごいすごい。一歩進んだよ」
ウサミが初孫の成長を喜ぶ老人のように、一方的な嬉しさと楽しさを込めた報告をしてくる。
「あの…、何かすんごい重たいんですけど」
耐え切れず、つい本当のことを言ってしまう。
「ああ、まあしょうがないよね。衝動に頼らない場合、本来通常で動かすには、それはもうすごい訓練を積む必要があるし」
「ええっ」
そんなのを、訓練どころか運動すらまともにできない俺が動かせるのか。
「でも大丈夫だって」
ウサミは気楽な姿勢を崩そうとしない。
「だって君は転生者だよ?だったら歩くぐらいで文句言わない、ほらもっと頑張って!」
ついには手拍子までしてくる始末だ。
「このまま進んでみよう」
「いいい…」
嫌です面倒臭いやってらんねえよ、などという言葉は求められていない。ここはやる気を出すしかないようだ。
とにかく、怪物に食らいついたとき、怪物を目にした時の衝撃を思い出そう。そうすれば感覚が再び掴めると思った。記憶を頼りに筋肉を収縮させる。
地面に触れる、ざらざらとした冷たさが手の平に伝わってきた。
「えーと、前足と後ろ足が…」
不器用に手足を動かす。
「はい、はい、上手です。なかなかスムーズですね」
ソルトが混じり気のない感心をする。
「へいへい、あんよが上手」
ウサミは飽きてきたのかふざけ始めた。
「頑張れー転生者様ー」
ついにはムクラまでもが、裏切りの如き応援を開始した。
なんだか恥ずかしくなってきた、他人の注目を集めることに、他人から一心に見守られ応援されることに慣れていないので、疲れとは別の熱さのある汗が流れてくる。どこにも行けやしない逃避の力が、体に活力を与え歩行をじっくりと、一歩一歩進めた。
「よし」
黙って見守ってくれていたルドルフが、安心したように頷く。
あなたまでもが、と思ったが彼は普通に、優しさなど含めずに、
「走れるな」
淡々と確認だけをしてきた。
その声に、顔つきには思いやりなど全くなかった。悪い子の顔だ。
「走れます」
なので俺も悪い子の顔を少し久しぶりに作り、軽い軽い嘘を重ねておく。
「全速力で、門でも天井でも突き破ってみせますよ」
「そうか、存分に魅せてくれ」
ルドルフがにやりと笑った、鋭い牙が光る。
素敵な笑顔は白い歯から!
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