到着もこれ以上ない配慮と遠慮
あまり行きたくないと思ってしまう。
「そういうことならば…」
俺の前にあるソルトの体が消える。別の場所に移動したのだろう。瞼を閉じて視線を巡らすと、辿り着いたのはムクラの作業場だった。
「情報処理のお兄さーん」
ソルトはまず、遠慮を込めて眠りこけている青年の頬をつつく。
「起床時間になりましたよー」
「うえー」
俺と引けを取らないほどの寝起きの悪さを、若い情報処理員は発揮していた。
次の行動へとるのに、彼女の迷いは一切なかった。
「起きてくださああーいい!!」
ばっつん、柔らかい物が遠慮なく叩かれる音が響く。
「わああ?痛い?」
俺の時よりは間違いなく的確で常人向けの優しさに満ち溢れた方法、要するに少女の起き抜けビンタでムクラも覚醒を果たした。彼も今まで眠っていたのか、薬を盛られたわけでもなかろうにこんな所で熟睡できるとは。なかなかの肝の太さ、ぜひ見習いたい。
「うぐええ」
青年は爪で頭皮をがしがしと掻き、
「お、お早うござます…」
二度寝などという愚かな真似をせずに、素直に体を少し古いパソコンのように起動させた。
「カナ、こんなに早く起こす必要ないよ、俺もう会社クビになったし…。あ、違う、俺違う所で」
起きたものの、ムクラは明らかに寝ぼけていた。親しいと思われる人物の名を夢うつつで口に転がす。
「私はカナさんではありませんよ、私は癒術士のソルトです」
ソルトは真面目に間違いを訂正した。
「ソル…?何を言って…」
怪訝そうにしたムクラはぼやける視界を明確にするために、近くに安置していた眼鏡を掴み、顔に装着する。
「うはあ?」
そして玩具みたいに飛び上がって驚いた。
「おほ、おひょおひょひょ!」
人のことを笑える立場でないことは十分理解しているつもりだ。しかし彼のリアクションは、そんな空虚な謙遜を忘れさせてくれるほどの面白味があった。
他人の挙動で笑うなんてなんて久しぶりだろう。
「ええと、此処は何処でして?」
俺と大体同じようなことを聞く前に、そして教えられる前に機体が大きく揺れた。
「うわわ」
どうしてもちゃんとした緊張感を持てない情報処理員と転生者は、どこんどこんと続く振動に同タイミングで怯えた。
「何の音だ?」
俺は身構えた、再び怪物が襲ってきたかと思ったのだ。
「はいはいはい、ようやっと着いたよ」
「ゲートだな」
しかし俺の予感は、ウサミとルドルフの反応で喜ばしく裏切られた。操縦士が少しだけ気を抜いた、だがやはり少々面倒そうな様子を引き摺ったまま報告をする。
「えー、若人の皆様。当機体は無事バルエイス保護区上層部、ハイフォトゥールのゲートにたどり着きましたよコンチクショウ」
最後の一言は、いたって小声であった。まるで不似合に、無理やり遠慮をするかのように。
出かけたくない。