お目覚めは呼吸を止めて
お早うお早う。
瞼の裏の映像の中で若い人が、ルドルフがぷりぷりと御立腹だった。
「このような緊急事態に、悠々と平然と堂々と惰眠を貪れるとは、尊敬に値したくなる厚顔っぷりだな、転生者ヤエヤママイカよ」
ルドルフは一生懸命に皮肉をかまそうとしていた。春風に流される綿毛のようなアイロニーは、寝起きで油断しまくりの俺の脳にあわの抜けきったサイダーのように降りかかる。
「ああ、えっと…」
細菌の増殖によってねっとりしている舌で、俺は不鮮明な言葉を紡ごうと試みる。皮肉には皮肉を返さなくては、今すぐにでも完全に覚醒し、小粋なアメリケンジョークをかまさなくては。と言う謎のやる気が。
湧き起こるわけがない。知ったことかそんな事、眠気には勝てねえ。
「ぐう」
というわけなので、再び睡眠に入ることを決意した。俺らしくない、強固な意志による決意だった。
これは悲しく、そして嘆かわしいことだ。そう大して長くない引きこもり生活の賜物なのか、2回3回の再入眠に本来抱くべき罪悪感が待ってく湧いてこない。気さくなやる気と同じく、荒野のように枯れ果てている。どのくらい枯れているのかというと、「このような緊急事態」でも4度寝までは可能性があるくらいだ。
しかしながら人に行える行動には、全て限度がある。そして今の俺は見事に他人から、主に若い癒術士と隊長の広い御心に許されるラインを飛び越えてしまった。なので然るべき罰が下される。
「ぐい?」
だしぬけに喉が、気管が強力に圧迫された。強引に狭められた気道からいかにも間抜けな、烏に食われた蛙みたいな音が鳴る。圧迫はそのまま威力を増し、痛みのある攻撃へと変化した。
「いい?痛だだだだだ?」
言葉になってない音声を叫ぶ。叫ばずにはいられないほど痛かった。しかし変な感覚ではあるが、叫びの中でも俺は安心感を抱いていた。日本では得られなかった安らぎが、その見事な絞め技には含まれていた。自分でも何言ってんのかよく解らないが、とにかくそう思う。たぶん背中に伝わる、二つの柔らかい感触がそうさせるのだろう。
だが痛い物は痛いし、苦しいのもごめんだ。逃亡を図ろうとしたが、日本の細腕はその見た目に反して強靭で、体にみっしりと吸い付いている。蛸に捕まった蟹ってこんな気持ちなのかな、なんて思っている場合ではない。
「ソ、ソ、ソルト!ギブ!ギブ!起きる!今すぐ起きるから!」
視界に星が散るより先に、俺は彼女のしなやかな腕を降参の証としてはたきまくった。
もし身近に寝起きの悪い人がいても、ソルトの真似はしないでください。