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二度寝は罪で蜜のようなひと時

お早うございます。

 目が開けば相変わらずのタイヤの音が鳴り続け、空気を振動させていた。

 俺は大きく欠伸を一つする。給気と共に大量の温かい液体が、体のあらゆる管を出入りした。普通に呼吸できていることに、今更もう驚いたりはしない。覚醒を確かなものにするために呼吸を整えると、唇の周りにささやかな水流がたくさん生まれた。

 隣に人の気配がする。

「マイカさん、お目覚めですか?」

 制服をぴっちりと身に着けた少女、ソルトが微笑みを湛えて語りかけてくる。

 顔の造形が整った女性に起こされるなんて、なんて素晴らしい経験なんだ。有難い現実をしっかり噛みしめつつ、

「うん」

 短く息を吐いて二度寝に浸ろうとした。

「マイカさん?」

「今起きるよ…」

 言葉とは裏腹に体が、瞼が思考に従ってくれない。強力で強大な眠気が、皮膚の下にしつこく根を張っていた。理性は覚醒を求めているのに、本能は睡眠を継続することを強く求めている。

 虚ろだった、空っぽの我儘だけが安らぎを与えてくれる。

 要するに、俺は自慢するわけでもないしどうでもいいことだが、寝起きが割と悪い。疲れが一定まで溜まると、魔女の呪いにでもかかったのかと思えるほどの眠気に支配される。

 むかーしむかしことだった。マイカと言う名の子供がまだ義務教育に従い、日々勉学に勤しんでいた頃、この寝起きの悪さには非常に非情に苦しめられた。学校と言う組織が求める早朝活動の素敵に厄介な推奨は、幼きマイカ少年の肉体に宿る意識をことごとく攻撃した。

 勘違いしてほしくないのは、決して俺は早起きという行為を否定的に捉えているわけではないことだ。昔の誰かが言ったように、やっぱり早起きをした方が得なのは、遅刻常習者であったマイカ少年にだって十分理解できていた。

 なのになぜ早起きが出来なかったのか、その理由まで突き詰めようとしたら、俺の深層意識にまで考察を巡らせなければならない。どうしてマイカ少年は早起きして、良い子らしく学校に行かなかったのか。

 その答えは簡単だ、俺は学校が大嫌いだった。その嫌悪感はむしろ憎悪に近かったかもしれない。幼き少年は毎朝の登校時間に、常に破滅を望んでいた。具体的に何を壊したいとかそこまでは考えない、だって子供だから。

 だから少年は人生における軽やかな反抗として、毎日遅刻していたのだ。そういうことなのだ。

 結局のところ何が言いたいのかと言うと、つまり眠いんだ。まだ起きたくない、睡眠が圧倒的に足りない。このまま起床してもまともな活動は期待できないだろう。

 睡眠不足は、人間のあらゆる人間らしい活動を阻害する作用を持っている。だから、だからこそ、俺は寝る。絶対に寝てる場合ではないのは解っている、しかしそんなこと知ったことか。

 母さんの怒る声が聞こえた気がする、早く起きて学校行きなさいと。しかしそれは間違いなく嘘だ。気のせいだ。

 だってここは異世界である、家でなければ日本ですらない。俺が知っていたもの、憎んでいたものも何もない、知らない場所だ。

 だからまあ、あれだ、寝坊してもいいよね。

「起きろ!ヤエヤママイカ!」

 しかしやはり、どこの世界でも二度寝は基本的に許されないらしい。

 あらゆる世界の、どんな目覚まし時計にもかなわない怒号が、走る兵器の中に轟いた。

二度寝は計画的に。

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